想定外(2)
二回戦が、相手の棄権という、あまりにも後味の悪い形で、終わった後。
私と葵と未来さんは、私たちの、控え場所である、観客席の、一角へと、戻ってきていた。
私が、ベンチに、腰を下ろすと、彼女は、まるで、溜まっていた、何かが、爆発したかのように、興奮気味に話す。
「信じられない!県大会チャンピオンと、戦える、なんて、滅多に、ない、チャンスなのに!」
彼女の、声には、私への、気遣い、というよりも、むしろ、純粋な、怒りが込められている。
「一回、完封(11-0)で、負けたぐらいで、なによ!情けない! 胸を借りる、気持ちで、最後まで戦えば、いいじゃない!」
その、あまりにも真っ直ぐで、そして、好戦的な、言葉。
未来さんが、その彼女の興奮を、鎮めるように、静かに、口を、開いた。
「…日向さん。ですが、彼女の降参という選択は、相応の代償を伴います。」
「え…?代償?」
葵が、不思議そうに、未来さんを見る。
「はい」と、未来さんは、頷いた。
「公式戦での、理由なき棄権は、スポーツマンシップに反する行為です。おそらく、彼女には後日、運営から聴取があるでしょう。そして、場合によっては、今後の大会への出場停止、といったペナルティが、科される、可能性も、あります」
未来さんの、その、冷静で、そして、詳細な、説明。
それを、聞いた葵は、しかし、同情するどころか、ふん、と鼻を鳴らした。
「…出場停止?ふん。自業自得よ。」
彼女は、そう、言い放つと、私の、方へと、向き直った。
「しおりとの、試合を、途中で、投げ出すなんて、選手失格よ。それくらいの、覚悟も、ないなら、最初から、コートに、立つべきじゃなかったのよ」
その、言葉は、私を、絶対的な、存在として、崇め、そして、私を、ないがしろにした、相手を、断罪する、彼女なりの、歪んだ、愛情表現。
だが、その、彼女の、瞳の、奥には、怒りとは、また、別の、色が、浮かんでいた。
それは、深い、深い、心配の色。
(…昔の、しおりは、ただ、純粋に、卓球を、楽しんで、いた。勝ち負けなんて、関係なく、ただ、ボールを、追いかける、その、姿が、太陽のように、輝いていた。なのに、今の、あなたの、卓球は…。相手の、心を、壊してまで、勝利を、求めなければ、ならないほど、あなたを、追い詰めているものは、何…?このままでは、あなたが、どんどん、冷たい、場所に、行ってしまう…)
私は、そんな、二人の、やり取りを、ただ、黙って、聞いていた。
その、はずだった。
なのに。
なぜだろう。
私のために、本気で、怒ってくれる、葵。
私の心を、気遣ってくれる、未来。
その二人の存在が、私の「静寂な世界」を、温かいもので、満たせば、満たすほど、私の心の中心には、奇妙な空白が、広がっていく。
(…なぜ、あなたたちは、私の、ことを、そんな風に、話すのですか)
(私は、ここにいるのに)
(まるで、私が、ここに、いないみたいに)
そうだ。
私は、この会話の、中心に、いるはずなのに、完全に、部外者だった。
彼女たちは、私の、知らない、私の、ことを、話している。
「魔女」としての、私。
「可哀想な、過去を持つ」、私。
「守るべき、対象」としての、私。
そのどれもが、私であって、私ではない。
その、どうしようもない、認識の、ズレが、私の、心に、ほんの、わずかに、寂しい、という、解析不能な、感情を、生み出していた。
それは、誰にも、気づかれない、私だけの、小さな、小さな、システムエラーだった。