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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
328/674

想定外

 この、勝利に、何の、感情も、ない。


 ただ、一つの、プロセスが、終わっただけなのだから。


 ベンチに戻ると、未来さんが、静かにタオルとドリンクを、差し出してくれた。


 その彼女の、深淵のような瞳には、私の、そのあまりにも無慈悲な戦いぶりに、対する畏怖と、そして、どこか、ほんの少しの悲しみのような色が、浮かんでいた。


 私は、ドリンクを一口、口に、含む。


 そして、視線は、自然と相手のベンチへと、向けられた。


 そこでは、東山中学のコーチが、必死に、田中選手に、何かを、語りかけている。


 だが、田中選手は、ベンチに深くうなだれたまま、首を、力なく横に振るだけだ。その肩が、小さく、震えている。彼女は、泣いていた。


 やがて、相手のコーチが、何かを諦めたように、深いため息をつき、そして、審判の、方へと歩み寄った。


 審判とコーチが、言葉を、交わす。


 そして、審判が立ち上がり、館内に向かって、声を、張り上げた。


「第二セット開始前に、東山中学、田中選手の棄権が申し出られました。よって、この試合、第五中学、静寂選手の、勝利となります!」


 そのアナウンスに、体育館の、その一角が、ざわめきに、包まれる。


「え、棄権?」


「1セット、やっただけだろ?」


「ていうか、スコア、11-0だったぞ…」


「…静寂しおりと、戦うと心が壊されるって、噂、本当だったんだ…」


 そのノイズの全てを、私は、ただ、冷静に、観測していた。


 …冷静だったとおもう。


 隣で、未来さんがぽつりと、呟いた。


「…しおりさん。あなたは…。時に、相手から、戦うという、選択肢そのものを、奪ってしまうのですね」


 その、彼女の言葉に、私は静かに、答える。


「…彼女が、自ら選択して、選んだことです。」


 私の、心には、何の、揺らぎも、ない。


 ないはずだ。


 私たちが、荷物をまとめ、その場を、立ち去ろうとした、その時だった。


 観客席から、一人の少女が、嵐のような勢いで、駆け下りてきた。


 日向 葵だ。


 彼女は、私の前に立つと、その瞳に、怒りの炎を、燃え上がらせて、叫んだ。


「しおり!見たよ、今の!なんなの、あの子!」


 彼女の、その怒りの矛先は、私ではなく、棄権した、田中選手へと、向けられていた。


「信じられない!県大会チャンピオンの、あなたを、相手に、たった、一セットで、試合を、投げ出すなんて!あなたへの敬意が、なさすぎる!最大の侮辱よ、あれは!」


 葵は、本気で怒っていた。


 私は、その葵のあまりにも真っ直ぐな、そして、私への、強い、想いに、言葉を、失っていた。


 未来さんが、そんな、私たちの、間に、そっと、入る。


「日向さん、落ち着いて。彼女もきっと、必死だったのです」


 その、三人の、奇妙な、やり取り。


 それは、これから、始まる、私の、新しい、人間関係の、複雑さと、そして、どこか、温かさを、予感させる、ほんの、始まりの、場面に、過ぎなかった。


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