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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
326/674

曇り空

 私の戦いは、終わった。


 でも、私の本当の「救済」は、ここから始まる。


 私は、観客席の一番前の列に、一人座り、コートの中でウォーミングアップをする、しおりの姿を、じっと見つめていた。


(大丈夫。私は、決めたんだ)


(今の、あなたを全部受け入れて、また好きになるって)


 そう、自分に言い聞かせる。


 試合開始が開始され、しおりの、二回戦が始まった。


 その、第一球目。


 彼女が、放ったのは、あの、大きな、テイクバックからの、超低空ナックルロングサーブ。


 相手の選手は、反応できずに、点を取られる。


 次のサーブも、同じモーションから、今度は逆のコースへ。

 その光景は、私が知っている、散々ビデオで見てきたしおりの、卓球。


 冷徹で、無慈悲で、そして相手の思考を、完全に支配する「予測不能の魔女」の姿。


(…強い。やっぱり、あなたは、強いよ、しおり)


 だが、試合が進むにつれて、私の胸の中に、言いようのない痛みが、じわじわと広がっていくのを、感じていた。


 なんだろう、この、痛みは。


 相手のドライブを、しおりは、あの黒いアンチラバーで、いなす。


 そして、甘くなった、ボールを赤い裏ソフトで、確実に、仕留める。


 ポイントが、重なっていく。


 しおりの、勝利が近づいてくる。


 その、完璧なはずの試合運び。


 なのに、私の心は、どんどん、苦しくなっていく。


(…違う) 


 昔のしおりは、ただ純粋に、卓球を楽しんでいた。勝ち負けなんて、関係なく、ただボールを、追いかける、その姿が、太陽のように輝いていた。そして、時折誰も思いつかないような、子供らしい、自由な発想で、相手を驚かせる。そんな天真爛漫な天才だった。私はそんな彼女の卓球が、そして、笑顔が大好きだったんだ。


 私との一回戦の時もそう、彼女は、確かに冷たかった。でも、そのラリーの中には、確かに「対話」があった。


 今の、彼女の卓球は、私との、試合の時とは、明らかに、何かが、違った。


 私との、試合の時。


 私が「想い」を込めて打ったドライブに、彼女もまたドライブで、応えてくれた瞬間があった。


 私が、昔の記憶を、叩きつければ、彼女の瞳がほんの、わずかに、揺らいだ瞬間があった。


 彼女は、私を拒絶しながらも、確かに、私と向き合って

 くれていた。


 だが、今の彼女は違う。


 そこには、何の「対話」も、ない。


 彼女は、相手選手の、そのプレースタイルや、想いを完全に、「棄却」している。


 ただ、自分のロジックだけで、相手を分析し、分解し、そして、処理していく。


 まるで、それは、精密な機械が、流れ作業で、製品を解体していくかのようだ。


 そこに、感情の、介在する余地は、ない。


 その光景が、私の胸を、まるで鋭い、何かが貫くような、痛みとなって、襲った。


(…辛い)


 見ていられない。


 あの、冷徹な姿は、確かにあなたが、生き残るために、身につけた鎧なのだろう。


 それを理解し、受け入れると、決めた、はずなのに。


 どうしようもなく、辛いのだ。


 あの、氷の仮面の下にある、あなたの、心が、どんどん、摩耗していくのを、見ているようで。


 でも。


 それでも、私は、彼女を受け入れる、と、決めたのだ。


 私は、俯きそうになる、顔を、上げた。


 そして、その試合の、一球、一球を、この目に、焼き付ける。


 あなたの、その、冷徹さも。


 あなたの、その、孤独も。


 あなたの、その、痛々しいまでの、強さも。


 全て、全て、受け止める。


 そして、いつかあなたが、本当に助けを求めたくなった時、一番最初に、その手を取ってあげられる、人間になるために。


 私は、ただ、じっと、祈るように、コートの中の、彼女の、その、小さな、背中を、見守り続けていた。


 それが、今の、私にできる、唯一の、そして、本当の、「応援」なのだと、信じて。



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