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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
324/674

二回戦

 葵が、名残惜しそうに、立ち止まる。


「…じゃあ、私は、観客席くら見てるね。頑張って、しおり!」


「…はい」


「じゃあ…また、後で!」


 彼女はそう言うと、少しだけ寂しそうな、しかし吹っ切れたような笑顔を見せ、そして観客席の方へと、去っていった。


 その、小さな背中を見送り、私と未来さんは、二人でコートの中へと足を踏み入れる。


 コートの反対側では、既に対戦相手である東山中学の田中 恵選手が、ウォーミングアップをしていた。



「…未来さん。相手選手、サウスポーでしたね」


 私のその言葉に、未来さんも、静かに頷く。


「はい。相手もあなたもサウスポー。この大会では、初めてのサウスポー同士の、対戦となります」


 未来さんが、私の思考を読むかのように、解説を、始めた。


「通常、右利きの選手にとってサウスポーのサーブやドライブの軌道は、普段受け慣れていないため、非常に厄介です。特に、バックサイドからフォアサイドへと、大きく切れていく、独特の回転。それが、サウスポーの最大の、武器ですね。」


「ですが」と、私は、続けた。


「そのアドバンテージは、相手もサウスポーである、この試合では、意味をなさない。むしろ普段私たちが、アドバンテージとして、利用している、その独特の軌道や回転が、お互いにとって、最も慣れたボールとなる」


「ええ」と、未来さんが、私の分析に同意する。


「つまり、この試合はお互いに、アドバンテージが、ほとんどない状態から始まる純粋な戦い、主にレシーブからの展開力が問われる、非常に高度な試合になる、ということです」


 …面白い。


 私の思考が、新しい挑戦を前に、再びその精度を高めていく。


 葵との、あの感情の濁流のような試合とは、全く違う。


 これは、より冷徹で、そしてより緻密な論理が求められる戦い。


 私は、ラケットを握りしめ、静かに、そして深く息を吸い込んだ。


 私の、本当の「実験」は、ここから、始まるのかもしれない。


 ウォーミングアップが終わり試合開始の、コールが、響き渡る。


「…よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします!」


 サーブ権は、私から。


 私は、ボールを高く、トスした。


 それさまるで、これから始まる、舞台の開幕を告げる、挨拶代わりとでも言うように。


 私は、あの、誰もが強烈な回転を予測する、大袈裟な、テイクバックのモーションに入った。


 相手の田中選手が、私の体の動きに、ぐっと体を沈めるのが、分かった。



 私の、本当の「魔術」は、そこから始まる。


 インパクトの、瞬間。


 私は、ラケットを黒いアンチラバーの面に、合わせる。


 そして、ボールを「切る」でも「弾く」でもない。


 ただ、その全ての回転と威力を無に還し、そして、相手の、思考の前提を、嘲笑うかのように、超低空のナックルロングサーブを、彼女のバックサイド深くへと突き刺した!


「なっ…!?」


 田中選手は、強烈な回転を予測していたのだろう。


 彼女のラケットは、その無回転のボールの軌道を、捉えることができず、虚しく空を切った。


 静寂 1 - 0 田中


 私の、二本目のサーブ。


 私は、再び全く同じ、大袈裟なテイクバックの、モーションに入る。


 そして、今度も私の視線を、相手のバックサイドに、完全に、ロックオンさせた。


 田中選手の体が、ほんのわずかに、バック側へと動いたのを、私は見逃さない。


 私は、その彼女の予測の、さらにその裏をかく。


 インパクトの、瞬間。


 私は、体勢を僅かにずらし、ナックルロングサーブを、彼女ががら空きにした、フォアサイド、一番遠いコースへと、送り込んだ。


 田中選手は、足を動かし、懸命に取ろうと足掻く。


 しかし彼女のラケットはは、ボールに触れることすらできなかった。


 静寂 2 - 0 田中


 未来さんが、静かに、そして、どこか、恍惚とした、表情で、呟いた。


「…完璧な情報操作。一度目のサーブで『バックハンドに、速いナックルが来る』という、偽のデータを刷り込み、二度目では、視線というさらなる偽装情報を、加え、相手の予測を完全に固定させた。そして、その予測の真逆を突く。…彼女の卓球は、もはや、スポーツではなく、心理学の、領域ですね…」


 その、未来さんの、言葉は、誰に、聞こえるでもなく、体育館の、喧騒の中に、静かに、消えていった。


 コートの上では、私の、静かな、そして、残酷なまでの、「実験」が、まだ、始まったばかりだった。



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