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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
323/674

始まる二回戦

 体育館には、再び試合の再開を告げる、アナウンスが、響き渡った。


「よし、じゃあ、分かれるか。」


 部長が、チームを見渡し言った。


「俺と、あかねは、Bコートだ。しおり、未来お前らはDコートだな。二回戦も、絶対に、油断すんじゃねえぞ!」


「…はい。」


「…承知しています」


 私と、未来さんが、頷く。


 部長は、最後に、ちらりと葵の方を見た。その、表情は、まだ少し複雑そうだ。


「…日向も、そのなんだ。お疲れさん」


「…はい。ありがとうございます」


 葵が、少しだけ、頬を、赤らめながら、丁寧に頭を下げた。


 部長と、あかねさんが、Bコートへと、向かっていく。


 その背中を、見送った後、私たちは三人でDコートへと、歩き出した。


 私の隣には、未来さん。そしてそのさらに隣には、まるで、それが当たり前であるかのように、葵がぴったりと、くっついて歩いている。


「しおりの、二回戦の相手、東山中学の、田中さんだよね。」


「うーん。まあ、でも」


 彼女は、そこで、一度言葉を切り、そして、私の顔を覗き込むようにして、絶対的な信頼を込めた瞳で、断言した。


「しおりなら、たぶん、楽勝だと思うよ!」


 その、あまりにも、屈託のない、そして、根拠のない、断言。


 未来さんが、その言葉に、ふふっ、と小さく笑みを漏らしたのが、分かった。


 私の、思考ルーチンは、彼女の、その発言の危険性を、即座に、分析する。


(…楽勝。成功確率、100%を、意味する、言葉。だが、卓球という競技において、100%は存在しない。その、認識の欠如は時に、致命的なエラーを引き起こす…)


 私は、立ち止まることなく、前を、見つめたまま、静かに、そして、諭すように、言った。


「……油断は、大敵です。」


 そして、私は、ほんの、少しだけ、葵の方へと、視線を向けた。


 その、瞳には、あの頃と、何も、変わらない、真っ直ぐな、光が、宿っている。


「……あなたは、本当に、昔から、変わりませんね、葵。」


 私の、その、平坦な、声で、しかし、確かに、親しみを込めて、呼ばれた、自分の、名前に、葵は、一瞬、きょとんとした顔をした。そして、すぐに、太陽のように、嬉しそうな、笑顔を、見せた。


「えー、そうかな?でも、しおりは、強いもん!」


 彼女は、そう言って、私の腕に、さらにぎゅっと、しがみついてくる。


 その、あまりにも自然な、スキンシップ。


 私の、思考ルーチンが、昔の古い記憶を呼び覚ます。


(…懐かしい、あの頃はこんなことになるなんて、思いもしなかったな…)


 そんな、私の、内心など知る由もなく。


 私たちは、三人で次の戦場となるコートへと、歩みを進めていく。


 私の、新しい「日常」は、どうやら、これから、さらに、騒がしく、そして、予測不能な、ものに、なっていきそうだった。





 ______________________________




「…行くか、俺たちも」


 俺がそう言うと、隣でまだ少し、呆然としていた、あかねが、はっと我に返った。


「あ、うん…!そうだね、部長先輩!」


 俺たちは、Bコートへと向かって、歩き出す。


 体育館の喧騒が、戻ってくる。


 だが、俺の頭の中は、まだ先ほどの、あの異常な光景で、いっぱいだった。


(…日向 葵。とんでもねえ奴だな、あいつは…)


 俺の、ただの励ましのつもりの、一言。


 それに、あんな凄まじい剣幕で、食ってかかってくるとは。


 しおりの卓球が「事故か、災害かのように、言うな」と。


 彼女の、その言葉の奥にある、しおりへのあまりにも、深くそして、強い想い。


 それは俺の想像を、遥かに超えていた。


(…だが、まあ、安心したよ)


 俺は、内心で、そう、呟く。


(あいつが、昔から、ああいう、トゲトゲした、奴じゃなかったってことだけは、分かったからな)


 もし、昔からああだったら、しおりの親友にはなれなかったはずだ。


 つまり、あいつ自身もまた、しおりと離れていた、この数年間で、何か大きなものを抱え、そして変わってしまったということなのだろう。


 そう思うと、少しだけあいつのあの、痛々しいほどの、気迫が理解できる、気もした。


「…あの、部長先輩」


 隣を歩く、あかねが、おずおずと口を開いた。


 その顔には、いつもの明るさはない。どこか、曇った、そして、不安そうな、色が、浮かんでいる。


「はい…。そう、なんですけど…。なんだろう、うまく、言えないんですけど…」


 彼女は、言葉を、選ぶように、続ける。


「あの人、しおりちゃんのこと、すごく、すごく、大事に、想ってるのは、伝わってきました。でも、なんだか…見ていて、少し怖かった、というか…」


「…しおりちゃんが、なんだか、私の、知らない、遠い、場所へ、行っちゃうような、そんな、気がして…」


 その、あかねの、か細い声。


 その、「もやもや」とした、感情の正体を、俺は、よく、知っていた。


 それは、「嫉妬」という、名前の感情だ。


 自分の、一番、大切な、友達の、隣に、自分の、知らない、そして、自分以上に、その子のことを、知っている、人間が、現れた時の、どうしようもない、焦燥感。


 俺は、歩きながら、あかねの頭に、ぽん、と大きな手を、置いた。


「…心配すんな、あかね。あいつは、ここにいる。俺たちの、チームにだ」


 俺は、できるだけ、力強い声で、言った。


「それに、お前の、その心配する気持ちがある限り、しおりは、どこへも、行かねえよ。あいつには、お前が、必要だ。俺も、未来も、そう思ってる」


「…部長先輩…」


 あかねの、瞳が、潤む。


「さて!」


 俺は、わざと、大きな、声を出した。


「感傷に、浸ってんのは、ここまでだ!俺たちの、二回戦も、始まる!行くぞ、マネージャー!」


「――はいっ!部長先輩!」


 俺の、その声に、あかねの顔に、ようやく、いつもの、明るい、笑顔が、戻った。


 そうだ。これで、いい。


 俺は、主将だ。


 あいつらの、その複雑で、どろどろした、感情も、全部受け止めて、そして、チームを、前に、進ませる。


 それが、俺の、役目なのだから。


 俺は、気持ちを、切り替えて、Aコートへと、足早に、向かった。



「部長せんぱーい!そっちはAコートですよー!!」

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