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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
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すれ違い

 私は、疲弊しきった彼の姿を、冷静に分析しながら、平坦な声で言った。「…遅かったですね、部長。また、デュース合戦ですか?」


 私のその、皮肉に満ちた言葉に、部長が、少し焦りながら、こちらを見る。


「うっせえ!今度の相手は、しつけえ、カットマンだったんだよ!仕方ねえだろ!」

 彼のその、少し言い訳がましい言葉に、あかねさんが、慌てて、フォローを入れる。

「本当だよ、しおりちゃん!フルセットの、最後はデュースの末の17-15だったんだから!こっちの心臓が、持たないよ!」


 その、言葉に、未来さんが、小さく、頷く。


「ええ。非常に粘り強い、良い選手でしたね、相手の方も」


 その、和気あいあいとした、雰囲気。


 だが、その、空気を、一変させたのは、部長の、本当に、何気ない、一言だった。


 彼は、息を整え、そして、葵の、方へと、向き直った。その、表情には、彼女の敗戦を、気遣う、先輩としての、優しさが、浮かんでいる。


「…それにしても、日向。お前も、一回戦でいきなり、しおりと当たるなんて、本当についてないよな」


 彼は、励ましている、つもりだったのだろう。


 しおりと対戦した者の多くは、そのあまりにも、異質な卓球の前に心を折られてしまう。だから「お前のせいじゃない、相手が悪かっただけだ」と、そう伝えたかったのだ。


 だが、その、言葉を聞いた、瞬間。


 葵の、表情が、すっと、凍りついた。


 彼女は、それまで、静かに、聞いていたのが、嘘のように、低い、しかし、鋭い、声で、部長に、問い返した。


「……ついてない、ですか?」


 その、声には、明確な、棘が、あった。


 部長は、その、予期せぬ、反応に、一瞬、戸惑う。


「え?いや、だから、しおりの卓球は、普通じゃないだろ?だから、お前が、やりにくいのも、当然だって、励まして…」


「しおりの卓球を、『ついてない』という、一言で、片付けないでください」


 葵の、声が、体育館の、喧騒の中、凛と、響き渡った。


 彼女は、立ち上がり、部長の、目を真っ直ぐに、見据えている。


「彼女の、卓球は、彼女が、全てを、懸けて、築き上げた、唯一無二の、ものです。それを、まるで、事故か、災害かのように、言うのは、彼女に対する、最大の、侮辱です」


「なっ…!俺は、そんなつもりじゃ…!」


 狼狽する、部長。


 その、隣で、あかねさんも、おろおろとしている。


 私は、その、あまりにも、非合理的な、会話を、ただ、黙って、観測していた。


 未来さんが、静かに、私にだけ、聞こえるような、声で、呟いた。


「…日向さん。彼女は、しおりさんのことを、軽んじられるのが、何よりも、許せないのですね。たとえ、そこに、悪意が、なかったとしても」


 その、未来さんの分析。


 葵は、続ける。


「あなたは、しおりの、何を知っているんですか。彼女が、どれだけの、想いで、あの、ラケットを、握っているのか。あなたには、分からないでしょう!」


 その、あまりにも、真っ直ぐな、そして、どこか、狂信的なまでの、言葉。


 それは、私を、守るための、言葉。


 なのに、なぜか、私の、胸には、温かいものではなく、冷たい、何かが、広がっていくようだった。


 私と、彼女の、間にある、その、決定的な、認識の、ズレ。


 それが、私を、この、会話の、当事者でありながら、完全な、部外者へと、変えていく。


 私は、ただ、黙って、その、光景を、見つめていた。


「なっ…!俺は、そんなつもりじゃ…!」


 狼狽する、部長。

「あ、葵ちゃん、待って、部長先輩は、そういう意味じゃ…」

 おろおろと、二人を、なだめようとする、あかねさん。


 体育館の、その、一角だけ、空気が、張り詰めている。


 その、氷のように、硬直した、空気を、溶かしたのは、それまで、静かに、事の、成り行きを、見守っていた、未来さんの、静かな、一言だった。


 彼女は、そっと、立ち上がると、興奮する、葵と、狼狽する、部長の、間に、割って入るように、しかし、ごく、自然に、立った。


「――日向さん。お気持ちは、お察しします。」


 未来さんの、その、穏やかで、しかし、凛とした声に、葵の、激しい、感情の、奔流が、ぴたりと、止まる。


「あなたが、しおりさんを、誰よりも、大切に想い、そして、彼女の卓球を、誇りに、思っていること、よく、分かります。だからこそ、部長さんの、あの一言が、許せなかったのですよね」


 未来さんは、まず、葵のその感情を、完全に肯定した。


 葵は、戸惑ったように、しかし、その瞳の棘は、少しだけ、丸くなっていた。


 そして、未来さんは、今度は、部長の方へと、向き直る。


「ですが、部長さんも、あなたと、同じなのですよ。」


「え…?」と葵が、声を漏らす。


「彼もまた、しおりさんの、その、常人離れした、強さを、誰よりも認めている。だからこそ、その強さの前に敗れた、あなたを、一人の、選手として気遣った。それは、侮辱ではなく、彼なりの、最大限の敬意だったのだと、私は、思います」


 未来さんの、その、言葉。


 それは、まるで、絡まった、糸を、一本、一本、丁寧に、解きほぐしていくかのような、あまりにも、的確な、分析。


 彼女は、二人の、その、感情の「すれ違い」の、原因を、完璧に、言語化して、みせたのだ。


 葵の、顔から、怒りの色が、すっと、引いていき、代わりに、気まずさと、そして、ほんの少しの、羞恥の色が、浮かび上がる。


 部長もまた、その、未来さんの、完璧な「通訳」に、救われたように、大きく、頷いた。


「…ああ。幽基の、言う通りだ。悪かったな、日向。言葉の選び方が、下手でよ。俺は、お前のその、しおりに、向かっていく、気迫に、感心してたんだ。だから、つい…。」


 部長の、その、不器用な、謝罪に、葵もまた、か細い、声で、応えた。


「…いえ。こちらこそ、すみません。カッとなってしまって…。」


 その、二人の、やり取りを見て、あかねさんが、「よ、よかったぁ〜!」と、心底、安堵したように、その場に、へたり込んだ。


 その、彼女の、姿に、張り詰めていた、空気が、ようやく、完全に、和らぎ、周りから、くすくすと、小さな、笑い声が、漏れた。


 私は、その、一連の、出来事を、ただ、黙って、観測していた。

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