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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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32/694

運ゲー

 いくつかの派手さや意外性のある技の試行を一通り終えた後、私の探求心は、より地味で、しかし成功すれば相手の精神を確実に削り取るであろう、ある特定の技術へと向かっていた。


 それは、卓球台の「きわ」を支配するという試み――「エッジイン・ネットイン・コントロール」


「部長。次は、ネット際、および台の端を狙った打球の精度を検証します。通常のラリーとは異なる軌道と球質になります。」


 私が静かに告げると、部長は訝しげな表情を浮かべた。


「ネット際だぁ?エッジだぁ?静寂、お前、そんなもん狙って打てるわけねえだろうが。卓球は運ゲーじゃねえんだぞ。」


 彼の言葉には、若干の侮蔑と、そして私の意図を測りかねるような困惑が滲んでいる。


「…確率の問題です。そして、その確率を、極限まで高めるための試みです。また、相手に『狙っているかもしれない』と意識させること自体が、戦術となり得ます。」


 私は、冷静に反論する。


「へっ、理屈はご立派だがな…」


 部長は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「まあいい。お前のその『実験』とやらに付き合ってやる。だが、あんまり変なボールばっかり打って、俺をコケにするんじゃねえぞ。」


 と、釘を刺すことも忘れなかった。


 私は頷き、まず、彼に下回転のサーブを出してもらう。


 私はそれを、スーパーアンチラバーの面で、ラケットを水平に近い角度で差し込み、ボールの下を薄く、そして短く「切る」のではなく「置く」ようなイメージで返球した。


 狙うは、ネットの白帯すれすれ、相手コートの最も浅い位置。


 トン…


 ボールは、私のラケットに軽く触れた後、勢いを失い、まるで力尽きたかのようにネットに向かって落ちていく。


 …そして、無情にもネットにかかった。


 …失敗。インパクトの強さ、ラケットの角度、ボールの回転。全てがコンマ数ミリ、コンマ数度のズレで結果が変わる。


「おいおい静寂、今のじゃただのネットミスだぜ?」


 部長が、少し呆れたような声を出す。


 私は何も答えず、次のサーブを要求する。


 同じように、スーパーアンチでネット際にボールを「置く」


 今度は、わずかにボールが浮き、ネットを越えたが、相手にとって絶好のチャンスボールとなってしまった。


 部長は、それを逃さず、強烈なフォアハンドで私のコートに叩き込んできた。


 …これも失敗。高すぎた。相手の回転を完全に殺しきれていない。


 あかねさんが、心配そうにこちらを見ている。


 彼女のノートには、私の失敗の記録が刻まれていくのだろう。


 私は、何度も何度も繰り返した。


 ネットにかかる。浮いてスマッシュされる。台の横に大きく外れる。


 成功する気配は、まるで見えない。


 部長も、最初は面白がっていたが、次第に「おい静寂、本当にこれ、意味あんのか?」と、その声に苛立ちが混じり始めた。


 だが、私の心は揺るがない。失敗のデータが蓄積されていく。その一つ一つが、成功への確率を、ほんのわずかずつだが、確実に高めていく。


 そして、数十本目だっただろうか。


 部長が放った、やや甘いツッツキに対して、私はスーパーアンチで、これまでで最も薄く、そして最も繊細なタッチでボールに触れた。ラケットとボールの接触時間はほんの僅か。


 ボールは、まるで意思を持ったかのように、ネットの白帯の上を、するりと舐めるように通過し――


 カツン。


 乾いた、しかし確かな音が体育館に響いた。


 ボールは、ネットインし、さらに相手コートのエッジぎりぎりに、信じられないような角度でバウンドし、コートの外へと消えていった。


「「…………え?」」


 一瞬の静寂。


 最初に声を上げたのは、あかねさんだった。


「い、今の…入りましたよね!?ネットインからの、エッジボール…!? し、しおりさん、今の、もしかして…」


 彼女は、信じられないものを見たという表情で、目を丸くしている。


 部長は、その場に立ち尽くし、ボールが消えていった方向を、ただ呆然と見つめていた。


 そして、ゆっくりと私に視線を向けた。その瞳には、先ほどまでの苛立ちや侮蔑ではなく、純粋な驚愕と、そしてほんの少しの…恐怖にも似た感情が浮かんでいた。


「……静寂。お前…今のは……本気で、狙ったのか…?」


 彼の声は、震えていた。


 …成功。確率1%以下の事象が、現実のものとなった。だが、これはまだ、再現性のない「奇跡」に近い。


 これを「技術」と呼ぶには、あまりにも多くの変数と不確定要素が残っている。


「…データの収集は、継続中です。」


 私は、感情を排した声で、そう答えるのが精一杯だった。


 しかし、私の内心では、この「奇跡の一打」が、私の「異端」の卓球に、新たな、そして非常に危険な可能性の扉を開いたことを、確かに感じ取っていた。


 それは、相手を翻弄し、精神的に追い詰めるための、究極の「悪魔の囁き」のような技術になるかもしれない。


 そして、それは同時に、私自身を、より深い孤独と、予測不能な領域へと誘うのかもしれない。


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