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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
319/674

合流地点

 ブロック大会、一回戦。

 私と、日向 葵との、試合は、終わった。


 セットカウント、3-0。私の、勝利。


 だが、その勝利の味は、ひどく苦く、そして、どこか悲しい味がした。


 私たちは、チームの控え場所から、少し離れた観客席の、一番後ろの誰もいない一角に、並んで座っていた。


 葵の瞳はまだ少し赤い。でも、そこにはもう試合中の、あの狂信的な光はない。


「…ねえ、しおり」


 不意に彼女が、私の名前を呼んだ。


「敬語、やめてよ。昔みたいに、私のこと、『あお』って、呼んで」


「…善処、します」


 私は、そう答えるのが、精一杯だった。

 私の思考ルーチンは、まだ彼女との距離感を、どう処理すればいいのか、その最適解を、見つけ出せずにいる。


 その時だった。


「おー、しおり!未来から聞いたぞ、初戦突破おめでとう!」


 部長のその、いつも通りの、大きな声が私たちの、静かな空間を破った。


 彼と、そして、あかねさん、未来さんが、こちらへと、歩いてくる。部長の試合も、無事に、終わったようだ。


「…って、お前、そんなとこで、何、寂しいことしてんだ?」


 部長がそう言って、私たちの前に立った、その瞬間。


 彼の言葉が、ぴたりと止まった。


 彼の、後ろにいたあかねさんも、同じように目を丸くして、固まっている。


 無理もない。


 今の私たちは、他の人間から見れば、異常な光景に映っているのだろう。


 ベンチに並んで座り、その肩と肩が触れ合うか、触れ合わないか、というゼロ距離で、私と葵がただ、黙って、座っているのだから。


 しかし、私にも、そして、おそらくは葵にもその「異常さ」を認識する機能は、なかった。


「し、しおりちゃん…」


 あかねさんが、動揺した声で、口を開いた。


「そ、その子、だれ…?それに、なんだか、すごく、近くない…?」


 その、あかねさんの、純粋な、疑問。


 それに答えたのは、私ではなく、隣に座る葵だった。


 彼女は、きょとんとした顔で、あかねさんを、見つめ返した。


「え?近い、ですか?でも、これが普通でしたけど…。」


 そして、彼女は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「私、友達、しおりしか、いなかったから…。他の子との、距離感、よく、分からなくて…。しおりとは、昔から、ずっと、この距離感だったので」


 葵のその、あまりにも、無垢で、そしてあまりにも、悲しい、告白。


 その言葉に、部長と、あかねさんは、息をのんだ。


 二人の顔から動揺の色が消え、代わりに深い深い同情と、そして痛ましそうな色が、浮かび上がる。


「…未来ちゃん、この子一体…?」


 あかねさんが、助けを求めるように、未来さんに、尋ねる。


 未来さんは、静かに、そして、的確に、事実だけを、告げた。


「…彼女は、北園中学の、日向 葵選手です。しおりさんの、一回戦の、対戦相手でした。」


 そして、彼女は、続けた。


「どうやら、しおりさんの、昔の、ご友人のようですが…なぜ、こうなっているのか、その、詳しい、いきさつまでは、私も…。」


 未来さんは、私たちの、あの、試合後のやり取りは知らない。


 私が、彼女に「ごめんなさい、あお」と、謝ったことも。


 葵が、私に「今の、あなたを、知りたいと」と、話したことも。


 私たちの、このあまりにも歪で、そして不器用そうな、関係性の始まりを、知る者は、まだ、この世に二人しか、いなかった。


 部長と、あかねさんは、もう、何も言えなかった。


 ただ、戸惑ったように、私と、そして私の隣で少しだけ、恥ずかしそうに、微笑む葵の顔を交互に見ているだけだった。


 私の、過去との、そして、現在の、仲間との、あまりにも、複雑な、式。


 その、答えは、まだ、誰にも、見つけ出せないまま、体育館の、喧騒の中に、静かに、溶けていこうとしていた。

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