合流地点
ブロック大会、一回戦。
私と、日向 葵との、試合は、終わった。
セットカウント、3-0。私の、勝利。
だが、その勝利の味は、ひどく苦く、そして、どこか悲しい味がした。
私たちは、チームの控え場所から、少し離れた観客席の、一番後ろの誰もいない一角に、並んで座っていた。
葵の瞳はまだ少し赤い。でも、そこにはもう試合中の、あの狂信的な光はない。
「…ねえ、しおり」
不意に彼女が、私の名前を呼んだ。
「敬語、やめてよ。昔みたいに、私のこと、『あお』って、呼んで」
「…善処、します」
私は、そう答えるのが、精一杯だった。
私の思考ルーチンは、まだ彼女との距離感を、どう処理すればいいのか、その最適解を、見つけ出せずにいる。
その時だった。
「おー、しおり!未来から聞いたぞ、初戦突破おめでとう!」
部長のその、いつも通りの、大きな声が私たちの、静かな空間を破った。
彼と、そして、あかねさん、未来さんが、こちらへと、歩いてくる。部長の試合も、無事に、終わったようだ。
「…って、お前、そんなとこで、何、寂しいことしてんだ?」
部長がそう言って、私たちの前に立った、その瞬間。
彼の言葉が、ぴたりと止まった。
彼の、後ろにいたあかねさんも、同じように目を丸くして、固まっている。
無理もない。
今の私たちは、他の人間から見れば、異常な光景に映っているのだろう。
ベンチに並んで座り、その肩と肩が触れ合うか、触れ合わないか、というゼロ距離で、私と葵がただ、黙って、座っているのだから。
しかし、私にも、そして、おそらくは葵にもその「異常さ」を認識する機能は、なかった。
「し、しおりちゃん…」
あかねさんが、動揺した声で、口を開いた。
「そ、その子、だれ…?それに、なんだか、すごく、近くない…?」
その、あかねさんの、純粋な、疑問。
それに答えたのは、私ではなく、隣に座る葵だった。
彼女は、きょとんとした顔で、あかねさんを、見つめ返した。
「え?近い、ですか?でも、これが普通でしたけど…。」
そして、彼女は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「私、友達、しおりしか、いなかったから…。他の子との、距離感、よく、分からなくて…。しおりとは、昔から、ずっと、この距離感だったので」
葵のその、あまりにも、無垢で、そしてあまりにも、悲しい、告白。
その言葉に、部長と、あかねさんは、息をのんだ。
二人の顔から動揺の色が消え、代わりに深い深い同情と、そして痛ましそうな色が、浮かび上がる。
「…未来ちゃん、この子一体…?」
あかねさんが、助けを求めるように、未来さんに、尋ねる。
未来さんは、静かに、そして、的確に、事実だけを、告げた。
「…彼女は、北園中学の、日向 葵選手です。しおりさんの、一回戦の、対戦相手でした。」
そして、彼女は、続けた。
「どうやら、しおりさんの、昔の、ご友人のようですが…なぜ、こうなっているのか、その、詳しい、いきさつまでは、私も…。」
未来さんは、私たちの、あの、試合後のやり取りは知らない。
私が、彼女に「ごめんなさい、あお」と、謝ったことも。
葵が、私に「今の、あなたを、知りたいと」と、話したことも。
私たちの、このあまりにも歪で、そして不器用そうな、関係性の始まりを、知る者は、まだ、この世に二人しか、いなかった。
部長と、あかねさんは、もう、何も言えなかった。
ただ、戸惑ったように、私と、そして私の隣で少しだけ、恥ずかしそうに、微笑む葵の顔を交互に見ているだけだった。
私の、過去との、そして、現在の、仲間との、あまりにも、複雑な、式。
その、答えは、まだ、誰にも、見つけ出せないまま、体育館の、喧騒の中に、静かに、溶けていこうとしていた。