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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
316/674

過去との対話(8)

 静寂 10 - 6 日向


 マッチポイント。


 私の、サーブ。


 あと、一点。この、一点を、取れば、この、長くて、苦しい、「対話」は、終わる。


 私の、ロジックが、私の、戦術が、あなたの「想い」に、勝利したという、明確な、データが、記録される。


 ネットの向こう側で、葵が、ラケットを、強く、握りしめ、私を、睨みつけている。


 その、瞳。


 10-6という、絶望的な、スコアにも、関わらず、彼女の、瞳の炎は、全く、衰えていない。


 むしろ、その、光は、より、強く、そして、狂信的なまでに、輝きを、増している。


(…見ていて、しおり。これが私の最後の、想いだから)


 彼女の、その、声にならない、声が、私の思考に、直接、響いてくるようだった。


 私は、そのあまりにも真っ直ぐな想いを、受け止め、そして、静かに息を吐き出した。


(…分かっています、葵。あなたの、その想いは痛いほど。だからこそ、私は、この、一球で、全てを終わらせなければならない)


 私は、ボールを、高く、高く、体育館の照明に、届かんばかりに、トスを上げた。



 そして、その、落下してくる、ボールに対し、私は、ラケットの赤い裏ソフトの面を、はっきりと、彼女に、見せつけるように、大きなテイクバックのモーションで構える。


(…これが、あなたが、望んでいた、「対話」でしょう?)


(ならば、最後の一瞬だけ、その幻想を、見せてあげる)


 葵の、瞳が、一瞬だけ、歓喜の色に、染まったのを、私は、見逃さなかった。


 彼女は、私が、最後に、彼女の、土俵に、乗ってきたと、信じたのだろう。


 彼女の体勢が、力強いドライブを、打ち返すために低く、沈み込む。


 だが。


 私は、魔女だ。


 そして、魔女は、決して、人の望む奇跡など、起こさない。


 インパクトの、直前。


 私は、ラケットを回転させ、アンチラバーへ切り替える、そして、ラケットの角度を僅かに変える。


 それは、ボールを、擦り上げるための、角度ではない。


 ボールの、真後ろを、無機質に、そして、効率的に「押し出す」ための、角度。


 私が、放ったのは、超低空のナックルロングサーブ。


 下回転のサーブモーションから、放たれる、しかし、一切の回転を持たない、私の、最も冷徹な一撃。


 ボールは、一直線に、そして、静かに、葵の、コートの、隅へと、突き刺さった。


 彼女は、もう、そのボールに、反応することすら、できなかった。


 ただ呆然と、その白い軌跡が、横を通り過ぎていくのを、見送るだけだった。


 静寂 11 - 6 日向



 試合終了


 終わった。


 私の、戦いは、終わった。


 私は、ネットの向こう側で、ラケットを落とし、その場に崩れ落ちるように、膝をついた、葵の姿を、ただ、静かに見つめていた。


(…届かなかった、と、あなたは、思うのでしょうね)


(あなたの、声も、想いも、記憶も、全て、私の、氷の、壁の前では、無力だったのだ、と)


 そうだ。


 私は、そう、思わせるために、この、残酷な、結末を、選んだ。


 それが、あなたを、過去の、呪縛から、解き放つ、唯一の、方法だと、信じて。


(私が、愛した、あの、太陽のような、あなたは、もう、いない。私が、救おうとしていたものは、ただの、幻想だったんだ)

 …あなたが、そう、諦めてくれることこそが、あなたの、新しい、未来への、始まりなのだと。


 そう、私の、思考ルーチンは、結論付けている。


 なのに。


 なぜだ。


 私の、胸の、奥が、ずきり、と、痛む。


 あの、小学生の、あの日。


 私が、彼女の、手を、振り払った、あの時の、痛みと、同じ。


 いや、それ以上に、深く、そして、冷たい、痛み。


 私は、勝った。


 私は、過去に、勝った。


 そして、私は、勝利した、この、コートの上で今、確かに、一人で、泣いていた。


 その、涙の、意味を、私の、思考ルーチンは、まだ、解析することが、できない。


 私は、誰にも、気づかれないように、その、一筋の、涙を、手の甲で、乱暴に、拭う。


 そして、泣きじゃくる、葵に、背を向け、自分の、ベンチへと、歩き出した。


 すれ違いざま、私は、彼女にしか、聞こえないような、小さな、小さな、声で、呟いた。


 その、一言だけが、今の私に、残された、唯一の、人間的な、感情だった。


「……ごめんなさい、あお」



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