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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
313/674

過去との対峙(9)

 静寂 6 - 0 日向


 もう、ダメだ。

 私の、声は、届かない。

 私の、想いも、届かない。


 彼女の、その氷の仮面は、私が叩けば叩くほど、より硬く、そしてより冷たくなっていく。

(…そうか。もう、あの頃のあなたは、どこにもいないんだね)


 私の、瞳から、熱い何かが、零れ落ちそうになる。

 ラケットを、握る手が、震える。


 私の、長くて、そして、苦しかった、戦いが、今、終わろうとしていた。


 ――本当に?


 ――本当に、それで、いいの?


 私の心の奥底で、もう一人の、私が問いかける。


 このまま、諦めていいのか、と。


 私は、顔を上げた。


 ネットの向こう側に立つ、しおりの、姿を見る。


 その、氷のように冷たい、無表情。


 勝利を目前にして、その瞳には、喜びも高揚も、何一つ浮かんでいない。


 ただ、どこまでも静かで、そしてどこまでも孤独な瞳。


(…ああ、そうか)


 その瞳を見た瞬間。

 私は、全てを理解した。


(あなたは、勝っても、一人なんだ)


(あなたは、勝てば勝つほど、その冷たい孤独な世界に閉じこもっていくんだ)


(私がここで諦めてしまったら、あなたは本当に一人ぼっちになってしまう)


 違う。

 私が、すべきことは、諦めることじゃない。

 彼女を、打ち負かし、仮面を剥がすことでもない。


(私が、すべきことは、ただ一つ)

(あなたが、どんなに私を拒絶しても)


(あなたが、どんなに冷たい壁を作っても)


(私はあなたのそばにいると。決していなくならない、と。それを、伝え続けることなんだ)


 そうだ。


 諦めなければ、どこかに、必ず、チャンスはある。


 私の、この想いが、彼女のその凍てついた心に、届く、瞬間が。


 私は、ラケットを、強く、握り直した。


 その、瞳には、もはや、焦りも、絶望もない。


 ただ、どこまでも深く、そして穏やかな愛情だけが、宿っていた。


 サーブ権は、私。


 私は、もう、彼女の、記憶を、揺さぶるような、サーブは、打たない。

 ただ、静かに、そして、丁寧に、ボールを、相手コートに、送る。


 …しおり


 心の中で、彼女の、名前を、呼ぶ。


 ラリーが、始まる。


 彼女は、また、あの、いやらしい、ナックルカットや、ストップを、繰り出してくる。


 私はそれに、必死に食らいつく。


 ポイントを、取られても、いい。


 試合に、負けても、いい。


 でも、絶対に、心だけは、折れない。


 私は、あなたを、諦めない。


 一球、また、一球と、ボールを、打ち返すたびに、私は、彼女に、想いを、送り続ける。


(私は、ここにいるよ、しおり)


(あなたの、一番、近くに、いるよ)


 私の、その、声にならない、声が、届いたのだろうか。


 ラリーが、10本を、超えた、その時だった。


 彼女の、その、氷のように、冷徹だった、瞳が、ほんの、わずかに、揺らいだのを、私は、見逃さなかった。


(…今だ…!)


 その、一瞬の、心の、隙。


 私は、そこへ、最後の想いを乗せて、渾身のドライブを、叩き込んだ。


 ボールは、彼女の、ラケットを、弾き飛ばし、そして、コートに、突き刺さった。


 静寂 6 - 1 日向


 初めて、このセットで奪った、一点。

 それは、勝利への一点ではない。


 私の、想いが、彼女に、届いた、という、何よりも、確かな、証。


 私は、汗を拭い、そして、次のサーブへと、入る。


 そうだ。


 私の、本当の「救済」は、ここから、始まるのだ。


 諦めない。


 絶対に。


 あなたが、再び、笑ってくれる、その、日まで。

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