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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
312/674

過去との対峙(8)

 インターバル終了のブザーが、鳴り響く。


 私は、ベンチから立ち上がり、コートへと向かった。

 セットカウントは2-0。しおりの、リード。


 もう、後がない。

 でも、私の心は、まだ、折れてはいなかった。

 第一セットのあの、デュースの攻防。

 第二セットの、10-5からの、あの、一点。


 私の「想い」は、確かに彼女の、あの分厚い氷の仮面に、ほんの少しだけ、亀裂を入れたはずだ。


(大丈夫。まだ、届く。まだ、間に合う)

(次のセット、もっと、強く、彼女の心の扉を、叩く。そうすれば、必ず…)


 私は、ラケットを、強く、握り直した。

 サーバーは、しおり。

 彼女は、静かに、構える。


 その、表情からは、もう第二セットの終盤に見せたような、あの僅かな「迷い」は、完全に消え去っていた。


 そこにあるのは、ただ、勝利という、目的だけを見据える、絶対的な、そして冷徹な意志。


 彼女が放ったのは、あの忌まわしいハイトスサーブ。


 高いトスから繰り出される、予測不能な一球。


 私は、全身の神経を集中させ、その、ボールの、軌道を、読む。


(…ナックル!短い!)


 私は、前に、踏み込む!


 だが、私のその完璧なはずの予測は、いとも簡単に、裏切られた。


 ボールは、私の目の前で急激に失速し、そしてネットの白線をするりと越え、私のコートにぽとりと、落ちた。


 静寂 1 - 0 日向


 彼女の、二本目のサーブ。

 再び、同じ、ハイトス。


(今度こそ…!)


 私は、さらに、集中する。

 だが、今度は強烈な下回転がかかったロングサーブ、私のバックサイド深くへ突き刺さる。


 私の、レシーブは、大きく台をオーバーした。


 静寂 2 - 0 日向


(…なぜ…?なぜ、私の、声は、もう、あなたに届かないの…?)


 サーブ権が、私に移る。


 私は、自分の得意な、ロングサーブを叩き込む。


 ラリーになれば。打ち合いになれば、きっと、また隙が生まれるはずだ。

 だが、彼女は、もう私と打ち合ってはくれなかった。


 私のサーブを、彼女はカットで、いなしてくる。


 台から下がり、あの黒い、アンチラバーで、私のドライブの威力を殺す。


 そして赤い裏ソフトで、強烈な、下回転をかけてくる。


 私の、全ての「想い」が乗ったボールは、彼女のその幻惑の壁に吸収され、そして無に還されていく。

 私は、その変化の迷路の中で、ただ翻弄され、そして、ミスを重ねていった。


 静寂 3 - 0 日向


 静寂 4 - 0 日向


 違う。


 こんな、卓球が、したいんじゃない。

 私は、あなたと、対話が、したいだけなのに。

「…しおりぃっ!」

 私は、ほとんど、無意識のうちに、彼女の、名前を、叫んでいた。


 そして、次のラリーで、私は全ての戦術を捨てた。


 ただがむしゃらに、彼女の胸元をめがけて、渾身のスマッシュを叩き込んだ。


 だが、彼女は、その私の魂の一撃すらも、予測していたかのように、冷静に、そして完璧なブロックで、私のいないオープンスペースへと、静かに流し込んだ。


 静寂 5 - 0 日向


 静寂 6 - 0 日向


 もう、ダメだ。


 私の、声は、届かない。

 私の、想いも、届かない。


 彼女の、その、氷の仮面は、私が、叩けば、叩くほど、より、硬く、そして、より、冷たく、なっていく。


(…そうか。もう、あの頃の、あなたは、どこにも、いないんだね)


 私の、瞳から、熱い、何かが、零れ落ちそうになる。


 ラケットを、握る、手が、震える。


 私の、長くて、そして、苦しかった、戦いが、今、終わろうとしていた。



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