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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
311/674

過去との対話(7)

 第二セットは、終わった。

 セットカウントは、2-0。私のリード。

 私は、ネットの向こう側で、何が起きたのか、理解できずに立ち尽くす葵に背を向け、ベンチにいる未来さんの元へと、歩き出した。

 私の思考ルーチンは、この、勝利という結果を冷静に、分析していた。


(相手の感情的な攻撃パターンを、私の、異端な、戦術で、完全に、無力化することに、成功。このまま、第三セットも、同じパターンを、継続すれば、勝利は、確定する。これが、最適解…)


 そうだ。

 最適解。

 最も、効率的で、最も、合理的な、勝利への、道筋。

 なのに。


「…しおりさん」

 ベンチに戻ると、未来さんが、静かな、しかしどこか、心配そうな声で、私にタオルとドリンクを、差し出した。

「見事な、セット奪取でした。ですが…あなたの、心が、少し乱れているようにお見受けします。大丈夫ですか?」


 彼女の、その、全てを、見透かすような、言葉。

 私は、何も、答えられない。

 ただ、ドリンクを受け取り、その冷たい感触を、確かめるだけ。


 私の視線は、自然とコートの反対側へと、向けられる。

 そこには、コーチに肩を抱かれながら、俯く葵の姿があった。

 その、小さな背中が、微かに震えている。


(…葵…)

(…あお…)


 私の、心の奥底で、もう、呼んではいけないはずの、その、名前を、呟いてしまう。

 そして、その瞬間に、私の、完璧なはずの、思考ルーチンに、激しい、ノイズが、走った。


(分かっていた。私は、ずっと、分かっていた)


 彼女の、一球一球に、込められた、想いを。

 ボールに込められた、全ての、感情を。

 昔のように、打ち合いたい、という、切実な願いを。

 私に拒絶され、それでも、諦めきれない、その痛みを。


 私は、その全てを理解した上で、それを踏みにじった。

 彼女の「想い」を、私の「論理」で、無に還した。

 彼女の「対話」の、要求を、私の「異端」で、一方的に、打ち切った。

 彼女の、その歪んだ、しかし、純粋な「救済」の願いを、私は冷徹に「棄却」したのだ。


(これが、最適解…?これが、私の、勝利…?)


 胸の奥が、ずきり、と、痛む。

 前回の、敗北で生まれた棘とは、また、違う。

 もっと古く、そして、もっと根深い傷口から、血が流れ出すような、そんな痛み。


 そうだ。私は、また、同じことを、繰り返している。

 あの日、小学三年生の、あの日。

 心を壊された私が、自分を守るために、最初に切り捨てたもの。

 それは、葵の、あの、温かい、手だった。

「大丈夫だよ、しおり」と、私に、差し伸べられた、その、手を、私は、全力で、振り払ったのだ。


(…ごめんね、あお)

(でも、私は、こうするしか、生きる、術を、知らない)


「…問題ありません、未来さん。」

 私は、ようやく、声を、絞り出した。その声は、自分でも、驚くほど、乾いていた。


「思考ルーチンは、正常です。感傷という、不要なノイズが、混入しただけです。既に、デリートしました」


 私は、そう、言って、氷の仮面を、被り直す。

 より、冷たく。より、硬く。

 この、胸の、痛みを、誰にも、気づかれないように。

 そして、何よりも、私自身が、これ以上、感じないように。


 インターバル終了の、ブザーが、鳴り響く。

 私は、立ち上がり、コートへと、向かう。


(これが、私の『罪』。そして、これが、私の『精算』の、やり方だ)

(あなたを、完膚なきまでに、打ち負かす。そして、あなたの、その、私への、想いを、完全に、断ち切らせる。それが、今の、私にできる、唯一の、そして、最後の、優しさなのだから)


 私の、瞳から、全ての、迷いが、消える。

 そこには、ただ、勝利という、目的だけを見据える、冷たい、ただ冷たい光だけが、宿っていた。

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