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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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31/694

引き出しの手入れ

 スーパーアンチでの基本的な変化球の精度と、その「ムラ」を部長相手に一通り確認した後、私はさらに踏み込んだ「実験」に着手することにした。


 それは、私の卓球を「異端」たらしめる、より高度で、そしてより成功率の低い技術群だ。


「部長。次は、少し異なる種類のボールを試します。予測は、おそらく不可能です。」


 私が静かに告げると、部長は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「望むところだ、静寂!お前のその『予測不可能』ってやつを、俺が丸裸にしてやるぜ!」


 彼の闘志は、少しも衰えていない。


 むしろ、未知の技術に触れられることへの期待感で、その瞳は爛々と輝いている。


 三島さんも、ノートの新しいページを開き、ペンを握り直した。彼女の表情は、好奇心と、そしてほんの少しの不安が入り混じっている。


 私はまず、先日の練習試合で彼を驚愕させたサーブ模倣を試みることにした。


「…部長。あなたのサーブを、もう一度見せていただけますか。特に、あの下回転の強いサーブを。」


「おう、いいぜ!何度でも見せてやる!」


 部長は、快く応じ、数本、彼が得意とするフォアハンドからの強烈な下回転サーブを打ち込んできた。


 ボールの軌道、回転軸、彼のフォームの微細な癖、ラケットのインパクトの瞬間の角度。


 それら全ての情報を、記憶して頭の中で再構築する。


 そして、私はラケットを裏ソフトの面に構え、深呼吸を一つ。


 次の瞬間、私は部長と全く同じフォーム、同じタイミング、同じラケット角度で――彼が先ほど打ったものと寸分違わぬ、強烈な下回転サーブを、彼のフォアサイドに打ち返した。


 シュルルルッ!と、ボールが激しく回転する音が響く。


「なっ……やっぱりお前、それ、どうなってんだ!?」


 部長は、目を見開いて驚愕の声を上げる。一度見たとはいえ、目の前で自分の得意技を完璧に、あるいは、それに限りなく近く模倣される衝撃は、彼の理解を超えているのだろう。


 彼は、そのサーブを何とかツッツキで返そうとしたが、回転量を見誤り、ボールはネットを大きく越えてオーバーした。


 …成功。模倣の精度は、まだ70%といったところか。回転量、スピード、コースの完全な再現には至っていない。だが、相手の意表を突き、精神的な動揺を与える効果は確認できた。


「し、しおりさん…今の、本当に部長先輩のサーブとそっくりでした…! まるで鏡みたい…!」


 あかねさんが、興奮したように声を上げる。


「だがな、静寂!同じ手が何度も通用すると思うなよ!」


 部長は、すぐに気を取り直し、今度は自身がレシーブの構えを取る。


「もう一度だ!今度は絶対に返してやる!」


 私は、頷き、再び模倣を試みる。しかし、今度はわずかにタイミングがずれ、ラケットのインパクトも甘くなった。ボールは回転が足りず、力なくネットにかかってしまう。


 …失敗。再現性の低さが課題だ。極度の集中力と、相手の動きの完全なトレースではなく、そのモーションを私の身体で放てるように再構成することが必要となる。


 今の私では、連続して成功させるのは難しい。


「はっはっは!見たか静寂!そう何度もやられてたまるかよ!」


 部長は、私の失敗を見て、少しだけ得意そうな顔をした。


 しかし、その表情には、先ほどまでの絶対的な自信とは異なる、どこか私の次の行動を探るような警戒心が混じっている。


 次に私は、フェイント要素を取り入れたフットワークを試みた。


 部長がドライブを打ってくる。私は、その打球に対して、通常のブロックの体勢に入りながら、インパクトの直前に、あえて一瞬、全ての動きを止めてみせた。


 そして、彼が次のボールのコースを予測し、動き出そうとしたその刹那、私は予測とは全く逆の方向へ、音もなくステップし、スーパーアンチで彼の意表を突くコースへボールを流し込んだ。


「うおっ!?」


 部長は、完全にタイミングを外され、バランスを崩しながらも何とかボールに食らいつこうとするが、届かない。


 …これも、成功。だが、相手の予測、動き出しのタイミング、そして私自身のステップの精度と速さ。


 多くの変数が完璧に一致しなければ、ただの無駄な動きになる。リスクは非常に高い。


「静寂…お前、今、消えたように見えたぞ…」


 部長は、額の汗を拭いながら、信じられないといった表情で私を見ている。


「…気のせいです。人が消えるわけありません」


 私は、淡々と答える。部長は大きく笑う。


 その後も、私はいくつかの、研鑽を重ねればギリギリ出来そうな技の断片を試していった。


 例えば、限りなくゼロモーションに近い形で、裏ソフトの強打とスーパーアンチのナックルブロックを同じスイングから打ち分けようとしたり(これはまだ安定せず、モーションに違いが出てしまうことが多かった)


 あるいは、スーパーアンチで相手の回転を完全に殺しつつ、ネットすれすれに、かつサイドラインぎりぎりのエッジを狙うような、神業的なコントロールを試みたり(これはほとんどがアウトかネットになった)


 成功するたびに、部長は驚嘆の声を上げ、時には悔しがり、そして次の瞬間には新たな闘志を燃やして向かってくる。


 失敗すれば、彼は「まだまだだな、静寂!」と檄を飛ばし、しかしその瞳の奥には、私の挑戦を促すような光があった。


 あかねさんは、その一挙手一投足を、息をのんで見守り、時折、小さな声で「すごい…」「今のは…?」と呟きながら、必死にノートに何かを書き留めている。


 この実験的な練習は、通常の部活動の時間を大きく超えて続けられた。


 体育館には、私たちの打球音と荒い息遣いだけが響き渡り、窓から差し込む西日は、床に長く伸びた私たちの影を、さらに濃く染め上げていた。


 …データは、集まっている。成功のパターン、失敗のパターン。


 そして、これらの技を実戦で使うための、精神的、肉体的な負荷、私の「異端」は、まだ進化の途上だ。


 私は、ラケットを握る手に、新たな決意を込めた。県大会まで、あとわずか。


 この「実験台」となってくれる部長の存在は、今の私にとって、何よりも貴重なものなのかもしれない。

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