過去との対峙(6)
インターバル終了のブザーが鳴り響く。
私は、ベンチから立ち上がり、コートへと向かった。
第一セットは落とした。スコアの上では私は負けた。
でも、そんなことはどうでもいい。
(…見てる、しおり?あなたの、その仮面。私が想いをぶつけるたびに、ほんの、少しだけひび割れていくのが)
(大丈夫。この、第二セットで、必ずその仮面を、全部剥がしてあげるから)
サーブ権は私から。
私は、ボールを高くトスした。
そして、放ったのは、小手先の変化サーブではない。
私の、全ての「想い」を乗せた、真っ直ぐな、そして速いロングサーブ。
(しおり、思い出して)
(昔の私たちみたいに、ただ、楽しく打ち合おう!)
私の、その挑戦状。
それに対し、しおりは応えてくれた。
彼女は、あの忌まわしい黒いアンチラバーを、使わなかった。
ラケットの、赤い裏ソフトの面で、私のサーブを、力強いドライブで打ち返してきたのだ!
(…!乗ってきた…!)
私の胸が高鳴る。
そこから、第一セットとは全く異なる光景が、繰り広げられた。
私が、想いを込めてドライブを叩き込めば、彼女もまた、その正確無比なドライブで応戦してくる。
「パァンッ!」「パァンッ!」
体育館に、爆発音のような打球音が、響き渡る。
そうだ、これだ。これこそが、私が求めていたあなたとの「対話」。
小手先の、ごまかしじゃない。
お互いの、全てを、ぶつけ合う、魂の、ラリー。
静寂 1 - 1 日向
静寂 2 - 2 日向
静寂 3 - 3 日向
スコアは、一進一退。
ポイントの、勝ち負けなんて、もはや、どうでもよかった。
私は、ただ、嬉しい。
あなたが、私の土俵に乗ってきてくれたことが。
あなたが、氷の仮面を少しだけ忘れて、私と向き合ってくれてるという、その事実が。
ラリーは、さらに、熱を帯びていく。
スコアは、5-5。
(もう少し…。あと、もう少し、強く、あなたの、心の、扉を、叩けば…!)
私は、これまでの、どの、一球よりも、強く、そして、速い、ドライブを、彼女の、コートへと、叩き込んだ!
それは、私の、全ての、想いを、乗せた、渾身の、一撃。
その、瞬間だった。
それまで、私と、真っ向から、打ち合ってくれていた、彼女の、表情が、すっと、あの、氷の仮面に、戻ったのは。
彼女は、私の、その、渾身の、一撃に対し、ラケットを、ひらりと、翻した。
そして、その、黒いアンチラバーの面で、私の、ボールを、迎え撃ったのだ。
「トン」という、乾いた、無機質な音。
私の、全ての「想い」が、乗ったボールは、その、黒い、深淵に、一瞬で、吸い込まれ、そして、全ての、力を、失った。
力なく返ってきたそのボールを、私は、打ち返すことができない。
静寂 6 - 5 日向
(…なぜ…?)
(やっと、届き始めたと、思ったのに…)
(どうして、また、その仮面の中に、隠れてしまうの…?)
私の、思考に、焦りが、生まれる。
その、焦りが、私の、プレーを、狂わせていく。
私は、何度も、何度も、強打を、繰り返す。
だが、彼女は、もう、私と、打ち合っては、くれない。
ただ、冷静に、そして、冷徹に、私の、その、感情の、奔流を、あの、黒い、ラバーで、いなし続ける。
私の、ドライブが、ネットに、かかる。
私の、スマッシュが、台を、オーバーする。
スコアだけが、無情に、離れていく。
静寂 8 - 5 日向
静寂 9 - 5 日向
違う。
こんなことが、したいんじゃない。
私は、あなたと、ただ…。
静寂 10 - 5 日向
セットポイントを、握られた、その時。
私は、ラケットを、握り直し、そして、ネットの向こう側の、しおりを、強く強く、強く睨みつけた。
(…分かったよ、しおり。あなたは、まだ、怖いんだね)
(本当の、自分を、見せるのが。昔の、私たちに、戻るのが)
(ならば、いい。私が、その、恐怖ごと、あなたの、その、頑なな、心を、こじ開けてあげる)
この試合は、あなたを取り戻すための、戦い。
その、覚悟は、まだ、少しも、揺らいでは、いない。
私の、本当の「救済」は、ここから、始まるのだ。