過去との対峙(3)
(…そうか。分かったよ、しおり)
(あなたの、その仮面は、私がこうやって過去の記憶に触れようとすると、より硬く、そして冷たくなるんだね)
(ならば、いい。何度でも、やってあげる)
そうだ。それが、あなたを取り戻すための手段。
あなたのその、氷の仮面を剥がすための、唯一の鍵。
私は、ラケットを、握り直した。
もう、迷いはない。
あるのは、愛する人を、その深い深い、絶望の淵から、必ず救い出してみせる、という、絶対的な覚悟だけ。
サーブ権はまだ私にある。二本目。
私は、ボールを手の中で、一度、強く握りしめた。
(しおり。聞こえる?私の、声が)
(今度は、この、サーブだよ)
私が放ったのは、昔、私たちが、まだただの卓球好きな、子供だった頃。
公民館の、あの埃っぽい卓球台で、私が何度も何度も練習した、ただの、横回転サーブ。
あなたはいつも、この私の癖のある、横回転サーブが、苦手だった。
「あおのサーブ、なんか、変な曲がり方するから、やだ」って、いつもそう言って、拗ねていた。
その、懐かしい記憶の扉を、ノックする、一球。
しおりは、そのサーブを、やはりあの、黒いアンチラバーで、レシーブしてくる。
ボールは、私の回転を殺され、力なく、私のコートへと返ってくる。
(そう。また、あなたは、そうやって、私の「想い」を、無かったことにするんだね)
(でも、もう、騙されない)
私はその、死んだボールに駆け込む。
そして、私の、全ての想いを乗せて、ドライブを、叩き込む!
私の想いが、叫びが、ボールに乗り移る。
しおりは、私のドライブを、またアンチラバーでブロックする。
その、ラリーの、応酬。
私はひたすら、昔の記憶をなぞるように、ボールを打ち続ける。
あの頃、私たちが、笑いながら打ち合ったコースへ。
あの頃、あなたが、苦手だった回転をかけて。
だが、彼女は決して乗ってこない。
私のその、感情の奔流を、彼女はただ冷静に、そして冷徹に、あの黒い忌まわしいラバーで、いなし続ける。
(なぜ!?どうして、思い出してくれないの!?)
私の思考に、焦りが生まれる。
その焦り。
私のドライブの軌道が、ほんのわずかに、甘くなった。
彼女は、それまで、守備に、徹していた、ラケットを、瞬時に、反転させ、赤い裏ソフトの、鋭い、カウンタードライブで、私の、コートを、撃ち抜いた。
静寂 5 - 3 日向
また、ポイントを、取られた。
でも、いい。
分かったから。
私は、ラケットを握り直し、そして、ネットの向こう側の、しおりを強く強く、睨みつけた。
(その、仮面が、砕け散るまで、私は、何度でも、何度でも、あなたの、心の、扉を、叩き続けてあげる)
私にとってこの試合は、あはたを取り戻すための何よりも重要な一戦。
これは、ただの戦いじゃない、神様がきまぐれにチャンスをくれた、あなたを取り戻すためのチャンスを。
必ず救って見せる、氷の仮面を、一枚一枚、丁寧に剥がして、最後には必ず。