過去との対話(3)
静寂 2 - 2 日向
サーブ権が、私に移る。スコアは、2-2のイーブン。
ネットの向こう側で、葵が、悔しそうに、しかし、まだ、その瞳の奥の、闘志の炎は、消えていない。
彼女は、まだ、信じているのだろう。自らの「想い」の力が、私の、その、小手先の「理屈」を、打ち破ることができる、と。
(…いいでしょう。ならば、今度は、私から、あなたに、「対話」を、仕掛けます)
私は、ボールを、高く、トスした。そして、放ったのは、私の、数ある「手札」の中でも、最も、基本的な、しかし、だからこそ、彼女の、記憶の、深い場所に、残っているであろう、一球。
大きな、テイクバックのモーションから、赤い裏ソフトの面で、ボールの側面を、鋭く、擦り上げる。
強烈な、横回転サーブ。
(…この、サーブ。覚えていますか、葵)
(小学生の時、私が初めて大会で使った、サーブ。あなたは、この、サーブが、どうしても、取れなくて、試合の後、悔しくて、泣いていた。そして、私は、そんな、あなたの、隣で、どうしていいか、分からずに、ただ、立ち尽くしていた…)
葵の、体が、その、あまりにも、懐かしい、サーブの軌道に、完璧に、反応した。
彼女は、その、横回転を、読み切り、力強い、ドライブで、返球してくる!
そうだ。あなたは、もう、あの頃の、あなたではない。
そこから、ラリーが、始まった。
私は、彼女の、強打に対し、アンチラバーで、応戦する。
回転を、殺し、リズムを、ずらし、彼女の、その、感情の、奔流を、いなしていく。
あなたの「想い」は、もう、私には、届かない。そう、言っているかのように。
だが、彼女は、食らいついてくる。
私の、その、いやらしい、ナックルボールに、体勢を崩しながらも、決して、諦めない。
そして、ラリーが、7本、続いた、その時だった。
彼女が、苦し紛れに、放った、ドライブ。
その、フォーム。
(…ああ。あの、打ち方。私が、心を、閉ざした後、あなたが、一人で、泣きながら、壁に向かって、何度も、何度も、練習していた、あの、不格好な、でも、必死な、フォーム、そのものだ…)
その、あまりにも、痛々しい、記憶の、断片。
それが、私の、心の、一番、深い場所にある、氷の壁を、ほんの少しだけ、溶かした。
私の、返球が、一瞬だけ、躊躇う。
その、コンマ数秒の、躊躇を、葵が、見逃すはずもなかった。
彼女の次の一打が、私の、ラケットを、弾き、ポイントとなる。
静寂 2 - 3 日向
(…そうか。あなたは、ずっと、一人で、戦ってきたんだね。私が、あなたを、置き去りにしてしまった、あの日から、ずっと…)
私の、二本目のサーブ。
私は、今度こそ、全ての感情を、そして思考を、この、一球に込めた。
大きな、モーションから、放たれる、超低空ナックルロングサーブ。
私の、今の、全力。
それに対し、葵もまた、全力で、応える!
彼女は、その、死んだ、ボールを、驚異的な、集中力で、見極め、そして、ラケットに、当ててきた!
ボールは、回転がないまま、力なく、ネットへと、向かっていく。
だが、その、ボールの、軌道は、ネットの、白い、帯に、当たり、そして、葵のコートへと、力なく落下した。
静寂 3 - 3 日向
ネットの向こう側で、葵が、悔しそうに、しかし、どこか、納得したように、頷いている。
そうだ。
私たちの、この、対話は、まだ、終わらない。
お互いの、過去と、現在と、そして、未来を、全て、この、卓球台の上で、語り尽くすまで。
その、答えが、出るまで、この、長くて、そして、苦しい、ラリーは、続いていくのだ。