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異端の白球使い  作者: R.D
Prelude

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無回転

 一人の先輩が、少し戸惑った様子でこちらに近づいてくる。 

 ごく一般的な裏ソフトの両面攻撃型。


 私の異質なスタイルが、彼にどのようなプレイを強いることになるのだろうか。


「よろしく」


 少し強張った表情で先輩が言う。


 私も簡潔に「よろしくお願いします」と返し、互いに礼をした。


 試合同様の形式で、ラリーが開始される。


 先輩のサーブ。


 ごく一般的な下回転ロングサーブだ、私はそれに対し、裏ソフトで軽く合わせた。


 ボールはネットを越え、先輩のコートへ返る。


 先輩は、それをドライブで返してきた。鋭い回転とスピード。


 しかし、私の目には、その打球の軌道、回転の向き、そして着弾地点が明確に映し出されていた。


 私は、ラケットを一瞬持ち替え、アンチラバーでそのドライブをブロックした。


 打球音は鈍い。


 しかし、返されたボールは、先輩が予測していた回転とは全く異なる、無回転ナックルのブロックとなった。


「!?」


 先輩の顔色が変わる、ラケットを合わせた瞬間、ボールが滑ったのだ。


 先輩の体勢が僅かに泳ぎ、返球がネットにかかった。


 1点目、私のポイントだ。


 周囲で見学していた他の新入生や部員たちからも、小さなざわめきが起こった。


「なんだ、今の球…?」


「回転が、おかしいぞ…」


 先輩は、明らかに戸惑っている。


 次のサーブは、短く切れた下回転。


 私はそれに対し、再びラケットを持ち替え、裏ソフトでチキータ気味に払った。


 通常のチキータとは異なる、僅かに不規則な軌道を描くボール。


 先輩は反応するが、ラケットに当たったボールは、サイドを切れてアウトになった。


 2点目。


 再び私のポイントだ。


 先輩の困惑は深まっている。周囲のざわめきは、さらに大きくなった。


 顧問の先生も、腕を組み、真剣な表情で私たちの試合を見つめている。


 …異質さへの対応は、容易ではない。


 特に、私の持ち替えは、モーションからは判別できない。


 さらに、ラバーの特性と組み合わせることで、相手の予測を外す確率は飛躍的に上昇する。


 先輩は、焦り始めたのか、強引に攻めようとする。フォアハンドで力強いドライブを連打してきた。


 私は冷静に、アンチラバーでブロックし続ける。鈍い打球音。


 しかし、返されるボールは、回転が消えたり、不規則な変化をしたりする。


 先輩は、その変化に対応できず、ミスを重ねていく。


 時折、私は持ち替えからの裏ソフトで、鋭いドライブを放つ。


 予測不能なタイミングとコースからの攻撃に、先輩は反応しきれない。


 試合は一方的に進んでいった。


 先輩は、私のスタイルに対応しようと、サーブを変えたり、コースを突こうとしたり、様々な手を尽くした。


 が、私の冷静な分析と異質な打球は、彼の全ての試みを無効化した。


 私は、感情を表に出さずに、淡々とプレイを続けた。1点、また1点と積み重ねていく。


 スコアは大きく離れていった。


 そして、最後のポイント。


 先輩の打ち上げたボールに対し、私は迷わず持ち替え、裏ソフトで強烈なスマッシュを打ち込んだ。


 白球が、先輩のコートの端に突き刺さる。


「ありがとうございました」


 私は、簡潔に礼をした。


 先輩は、呆然とした表情で卓球台を見つめている。そして、ゆっくりとラケットを下ろした。


 彼の顔には、敗北の悔しさよりも、目の前で起こったことが理解できない、困惑の色が濃く浮かんでいた。


 周囲の部員たちも、静まり返っている。そして、一斉に私に視線を向けた。


 驚き、感心、そして、かすかな畏怖。彼らの視線が、私の異質さを明確に物語っていた。


 顧問の先生は、しばらく黙って私を見ていたが、やがて口を開いた。


「…静寂さん。君の卓球は…」


 言葉を選んでいるようだった。


「…興味深い。非常に興味深い」


 卓球部での最初の一歩。


 それは、私の「異端」が周囲に認識された瞬間だった。


 そして、孤独な道のりの始まりでもあった。


 この輝きが、いつか悪夢へと繋がるなど、この時の私は知る由もなかった。

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