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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
298/674

交わる過去

 体育館の、喧騒。様々な学校の、ジャージの色。そして、これから始まる戦いを前にした、独特の、熱気。


 そんなものは、今の、私の目には、ほとんど、映っていなかった。


 私は、ただ、一人を、見つめている。


「いいか、葵。一回戦の相手は、第五中学の、静寂しおり。県大会の、チャンピオンだ。データは少ないが、聞くところによると、アンチラバーを使った、変則的なプレースタイルらしい。相手のペースに、決して、乗るなよ。」


 隣で、顧問の先生が、心配そうに、私に、そう、声をかけてくる。

 私は、生返事を、した。


(…知っています。そんなこと、とっくの昔に)


 県大会で、彼女が、優勝したという、噂は、私の耳にも、届いていた。

「予測不能の魔女」

 そんな、馬鹿げた、二つ名で、呼ばれていることも。


(違う。彼女は、魔女なんかじゃない)


 私は、彼女の、全ての試合の、映像を、手に入れた。一球、一球、その、全ての動きを、私の目に、そして、心に、焼き付けた。


 黒いアンチラバーと、赤い裏ソフト。それを、瞬時に持ち替える、あの、器用な指先。


 相手の力を、利用し、無へと還す、あの、冷徹なブロック。


 そして、相手の心が、折れた、その瞬間にだけ、放たれる、容赦のない、スマッシュ。


(…ああ、しおり。あなたは、今も、そうやって、戦っているんだね)


 そうやって、勝利を、重ねることで、自分は、ここにいていいのだと、必死に、自分に、言い聞かせている。


 あなたが、勝つことで、自己を、正当化していることなんて、私には、痛いほど、分かる。

 なんて、馬鹿で、そして、なんて、可哀想な、私の、しおり。


 Cコートの方へと、歩いてくる、二つの、人影。

 そのうちの一人。他の選手たちよりも、頭一つ分、小さな、その姿。

 間違いない。

 しおりだ。


 感情というものが、完全に、抜け落ちたかのような、氷の、仮面。

 私の、胸が、締め付けられるように、痛む。


 そして、その、痛みが、どうしようもないほどの、愛情と、そして、激しい、怒りへと、変わっていく。


(大丈夫だよ、しおり)


 私は、心の中で、彼女に、語りかける。


(そんな事をしなくても、あなたが、ここにいていいんだって、私が、認めてあげる。 世界中の、誰もが、あなたを、否定しても、私だけは、あなたの、絶対的な、味方でいてあげる)


(だから、まずは、あなたの、その、拠り所となっている、くだらない「勝利」という名の、幻想を、私が、全て、壊してあげる)


 私のその、歪んだ、救済に気づいた者は、誰もいない。


 彼女が、ネットを挟んで、私の反対側に、立った。

 時間と空間を飛び越えて、私たちの、視線だけが、確かに、交わった。


 そうだ。


 この試合は、あなたにとっては、向き合うべき、辛い「過去」なのかもしれない。


 でも、私にとっては、違う。

 これは、私の、全てを懸けた、過去を、そして、愛する人を、取り戻すための、戦いなのだ。


 審判の、試合開始を、促す声が、聞こえる。

 私の、本当の、戦いが、今、始まる。

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