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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
297/674

過去との対峙

 開会式が終わり、体育館は、再び、試合前の、独特の熱気と、喧騒に包まれた。


 部長とあかねさんが、Aコートへと向かっていく。その背中に、私は、静かに、一礼した。

 そして、私は、未来さんと、二人で、Cコートへと、歩き始める。


 周りの、喧騒が、遠い。私の、研ぎ澄まされたはずの、聴覚センサーは、今、自分の、早鐘を打つ、心臓の音しか、拾うことができないでいた。


(変数、『日向 葵』これは、エラーではない。これは、私が、ずっと、目を逸らし続けてきた、過去の、データ。私が、削除したと、思い込んでいただけの、記録)


 私のシステムは、今、過去、経験したことのない、重く、そして、確かな、負荷に、晒されていた。


 論理が、機能しない。

 最適解が、見つからない。

 Cコートに着くと、ネットの向こう側には、既に、彼女が、いた。


 北園中学の、ジャージに、身を包んだ、日向 葵。


 彼女は、ウォーミングアップの手を止め、その、強い、強い、瞳で、私だけを、じっと、見つめている。


 その瞳には、私が、知っている、昔の、彼女の、面影は、どこにもない。そこにあるのは、私への、あまりにも、深く、そして、複雑な、感情の、奔流。


「…しおりさん」


 隣に立つ、未来さんが、私の、その、内なる、混乱を、見透かしたかのように、静かに、しかし、きっぱりとした、口調で、言った。


「あなたの思考が、正常ではないように、お見受けします。原因は、対戦相手の日向選手ですね。」


 彼女は、続けた。


「…もし、今のあなたに、論理的な『解』が見いだせないのであれば、一つ、提案があります。」

「今日の試合、思考を、放棄してください。ただ、あなたの『感覚』だけを信じて…」


 彼女の、その私を、気遣う言葉。


 以前の私なら、あるいは、その非合理的な提案に、乗っていたのかもしれない。


 思考を放棄する。感覚だけで戦う。それは、この苦しい状況から、逃げるための、一つの、楽な道だ。


 だが。

 私は、ゆっくりと、首を横に振った。

「…いいえ、未来さん。その提案は、却下します」


 私のその、静かだが揺るぎない拒絶の言葉に、未来さんが、少しだけ驚いたように目を見開く。


 私は、ネットの向こう側で私を見つめ続ける、あおいの、その、痛々しいほどの、視線から、目を逸らさなかった。

「この戦いは、ただの、一回戦ではありません」


 私の声は、震えていない。そこには、今まで、私自身も、知らなかった、新しい覚悟の色が、宿っていた。


「これは…私が、過去に、捨ててきたもの…私が、逃げ続けてきた、私自身の『罪』と、向き合うための、戦いです。」


 そうだ。

 私は、逃げてきた。


 あの日、心が壊れてから、ずっと。


 感情を捨てた。人間関係を切り捨てた。そして、あおいの、あの温かい手を、私は、自ら振り払ったのだ。

 全て、自分を守るために。


「だから、手放すことは出来ません。思考も、感情も、何も、放棄しない。」


 私は、自分の胸に、そっと手を当てた。


 そこには、確かに、恐怖がある。後悔がある。そして、彼女に対する、申し訳なさ、という、解析不能な、痛みがある。


「全てを、受け入れた上で、私は、彼女に向き合って、そして、勝ちます。」

「それが、今の、私が出すべき、唯一の『解』です」


 私の、その宣言。


 それを聞いた、未来さんは、一瞬、息をのんだ。


 そして、次の瞬間、彼女の、その、深淵のような、瞳の奥に、深い深い、そして温かい尊敬の光が、灯った。


 彼女は、ただ、静かに、そして力強く、頷いた。


「…承知しました。あなたの『解』しかと、この目で見届けさせていただきます。サポーターとして、全力で、あなたをサポートします」


 私は、彼女に、一度だけ、頷き返すと、コートの中央へと、足を踏み出した。


 日向 葵が、待っている。

 私の、過去、そのものが、待っている。


 いいだろう。

 見せてあげる。

 これが、今の、私の、全てだ。

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