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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
296/674

ブロック大会(2)

 体育館の、高い天井に、大会の開始を告げる、アナウンスが響き渡る。

 それまで、ウォーミングアップの熱気と、無数のボールの音で満たされていた体育館は、一瞬にして、水を打ったような、静寂に包まれた。


 私たち、第五中学校卓球部のメンバーも、部長を先頭に、指定された位置へと、整列する。


 今日の、この場所にいる、第五中学のメンバーは、四人。

 選手として、この大会に出場する、部長と、私。


 そして、選手としてではない、私たちの、勝利確率を、最大化するための、サポート役として、この場所にいる、マネージャーのあかねさんと、私の理解者であり、分析者である、未来さん。


「これより、中学校総合体育大会、卓球競技、中央ブロック大会の、開会式を、始めます」


 壇上に立った、役員らしき人物の、その、ありきたりな言葉。


 私の思考ルーチンは、それらを、意味のない、背景音として、処理していた。

 私の、本当の、思考は、別の、ただ一点に、集中していたからだ。


 ――日向ひなた あおい


 先ほど、組み合わせ抽選表で、確認した、その名前。


 私が、あの、小学三年生の日に、私自身の、手で、私の「静寂な世界」から、完全に、切り捨てたはずの、過去の、断片。


 その、あまりにも、重い、データの残滓が、私の、思考ルーチンを、乱し続けていた。


 私は、ゆっくりと、顔を上げた。


 そして、私は、見つけてしまった。

 北園中学、と書かれた、プラカードの、その列に、立つ、彼女の姿を。

 少し、色素の薄い、ショートカットの髪。


 私よりも、少しだけ、背が高い、その、立ち姿。

 昔と、何も、変わらない。

 だが、その、表情だけが、違う。


 私の、記憶の中にある、太陽のような、屈託のない、笑顔は、そこには、ない。

 ただ、真っ直ぐに、一点だけを、私だけを、見つめる、その、強い、強い、そして、どこか、悲しみを帯びた、瞳。


 彼女は、私に、気づいている。

 そして、その視線は、明確な、意思を、私に、送ってきている。

(「やっと、会えたね、しおり」)


「――以上をもちまして、開会式を、終了します!選手の皆さんの、健闘を、祈ります!」


 役員の、その言葉を、合図に、静寂は、破られ、体育館は、再び、試合前の、喧騒へと、包まれていく。

 選手たちが、それぞれの、コートへと、散っていく。

「しおり、大丈夫…?顔、真っ青だよ…?」

 あかねさんが、心配そうに、私の顔を、覗き込む。

「…問題、ありません。思考ルーチンは、正常に、作動しています」

 私は、そう、答える。

 だが、それは、嘘だった。


 私のシステムは、今、日向 葵という、あまりにも、予測不能で、そして、危険な、変数の、出現によって、過去、最大級の、エラーを、起こしかけていた。


 ブロック大会の、幕が、今、静かに、そして、不穏に、上がったのだ。



 _________________________



 体育館の、喧騒。様々な学校の、ジャージの色。そして、これから始まる戦いを前にした、独特の、熱気。


 そんなものは、今の、私の目には、ほとんど、映っていなかった。


 私は、ただ、一人を、探している。


 北園中学の、私の、チームメイトたちの列に、並びながら、私の、全ての意識は、たった、一人の少女の姿を、捉えることだけに、集中していた。


(どこ…?どこに、いるの…?しおり…)


 県大会で、優勝した、という、噂は、私の耳にも、届いていた。

「第五中学に、現れた、予測不能の魔女」

「相手の心を、冷徹に、折り尽くす、異端のプレイヤー」

 聞くに、堪えない、言葉の、数々。

 違う。


 それは、私の、知っている、しおりじゃない。

 私の、しおりは、そんな、冷たい子じゃない。


 もっと、よく笑って、少し、泣き虫で、そして、誰よりも、優しい、光みたいな、女の子だった。


(あいつらが、しおりを、変えてしまったんだ…)

(それとも、あの日、私が、彼女の手を、離してしまったから…?)

 思考が、堂々巡りになる。


 その時だった。

 見つけた。

 第五中学、と書かれた、プラカードの列。


 その中に、他の選手たちよりも、頭一つ分、小さな、その姿。

 間違いない。

 しおりだ。


 久しぶりに、見る、その横顔。

 昔と、何も、変わらない。

 でも、その表情は、私が、焦がれるほどに、愛した、あの頃の面影は、どこにもない。


 感情というものが、完全に、抜け落ちたかのような、氷の、仮面。

(…ああ、やっぱり、あなたは、そこに、いたんだね)

(私の知らない、たくさんの人たちに、囲まれて…)


 私の視線は、しおりの隣に立つ、二人の少女を、捉えた。

 一人は、太陽みたいな、明るい笑顔の、女の子。

 もう一人は、静かで、ミステリアスな、雰囲気の、女の子。


 二人が、しおりに、親しげに、話しかけている。

 しおりは、それに、無表情に、しかし、拒絶することなく、応えている。

 その光景を見た、瞬間。


 私の、胸の奥底で、黒い、どろどろとした、炎が、音を立てて、燃え上がった。


(…誰、あの子たち)

(なんで、あなたが、しおりの、隣にいるの?)

(そこは、私の、場所だったはずなのに)


 嫉妬。憎悪。そして、どうしようもないほどの、愛情。

 ぐちゃぐちゃになった感情が、私の、思考を、支配する。


(あの子たちには、分からない。今の、あの、氷の仮面の下にある、本当の、しおりの、優しさを。弱さを。そして、美しさを)


(あの、偽物の『魔女』を、壊して、昔の、私の、しおりを、取り戻せるのは、世界で、私しか、いないんだ)


 そうだ。

 そのために、私は、今日、ここに来た。

 そのために、私は、この、数年間、卓球を、続けてきた。


 あなたを、その、孤独な、氷の、城から、救い出すために。

 その、私の、あまりにも、強い、想いが、通じたのだろうか。


 ふと、しおりが、顔を上げた。


 そして、体育館の、喧騒の中、私たちの、視線が、確かに、交わった。

 彼女の瞳が、ほんのわずかに、見開かれるのを、私は、見逃さなかった。


 動揺している。

 そうだ。それで、いい。

 私のことを、忘れてなど、いない。


 私は、彼女に、全ての想いを、込めて、その視線を、送り続ける。

(見つけたよ、しおり)

(もう、どこにも、行かせない)


(待っていて。私が、必ず、あなたを、救い出してあげる)

(たとえ、そのために、あなたの、その、大事な、卓球を、めちゃくちゃに、破壊することになったとしても)


 開会式が、終わる。

 周りの選手たちが、ざわめきながら、動き出す。

 だが、私は、まだ、動けない。


 ただ、真っ直ぐに、私の、たった一人の、初恋の相手を、そして、最強の、敵を、見つめ続けていた。


 私たちの、本当の「再会」の舞台は、もう、整ったのだ。

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