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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
295/674

ブロック大会

 ブロック大会の当日。

 会場となる、大きな体育館の前に、私たちは、集合した。

 そこには、もう、以前のような、ぎこちない空気はない。あるのは、これから始まる「戦い」を前にした、心地の良い緊張感と、そして、この、奇妙で、しかし、確かに、一つのチームとなった、私たちだけの、特別な連帯感だった。

 未来さんは、今日は、選手としてのジャージではなく、動きやすい服装で、私の隣に立っている。

 県大会の準々決勝で、私に敗れた彼女は、今、選手としてではなく、私の「異端」を、最も深く理解する、サポーターとして、この場所にいる。その、静かな瞳には、これから始まる、私たちの戦いへの、確かな、期待と、そして、分析者としての、鋭い光が宿っていた。

「みんな、いよいよだね!今日の、しおりちゃんたちの試合、すっごく楽しみ!」

 あかねさんが、マネージャーとして、全員に、スポーツドリンクと、手作りの、栄養補給バーを、配ってくれる。

「おう!お前ら、準備はいいか!俺たちは、ここまででやれることは、全部、やった。あとは自分と、そして、隣にいる仲間を、信じるだけだ。行くぞ!」

 部長の、その、熱い言葉に、私たちもまた、力強く、応える。

 体育館の中は、既に、多くの選手たちの、熱気と、声援と、そして、無数の、ボールの音で、満ちあふれていた。

 私の思考ルーチンは、その、情報の奔流を、冷静に、分析する。

(…ノイズだ。しかし、もはや、不快ではない。これは、私の「静寂な世界」を、脅かすものではない。むしろ…)

 私は、隣に立つ、仲間たちの顔を、見渡した。

 部長の、あの、不器用な「熱」。

 未来さんの、あの、静かな「共感」。

 そして、あかねさんの、あの、無条件の「信頼」。

(…この「チーム」という、システム。それは、私の、パフォーマンスを、阻害する、リスク要因ではない。むしろ、私の、思考ルーチンを、安定させ、そして、その、パフォーマンスを、増幅させる、極めて、有効な、外部、サポートユニット…)

 開会式が終わり、私たちは、張り出された、トーナメントの組み合わせ表の前に、集まっていた。

「よし、俺の一回戦は、問題ねえな。だが、勝ち上がっていくと、準決勝あたりで、常勝の朝倉と当たる可能性が高いか…」

 部長が、厳しい顔で、トーナメント表を、睨みつけている。

「しおりさんは…っと。あ、ここですね」

 未来さんが、冷静に、女子シングルスの、トーナメント表を、指でなぞる。

「一回戦のお相手は、北園中学の…」

 その、対戦相手として、記されていた、名前を、見た、瞬間。

 私の、完璧なはずの、思考ルーチンが、完全に、フリーズした。

 時間が、止まる。

 周りの、全ての音が、消え去る。

 ただ、その、三つの漢字だけが、私の、網膜に、焼き付いて、剥がれない。

 ――日向ひなた あおい

 その名前は、私が、この世界で、最も、聞きたくなかった、名前。

 私が、あの、小学三年生の日に、私自身の、手で、私の「静寂な世界」から、完全に、切り捨てたはずの、過去の、断片。

 私の、心の奥底で、あの、忌まわしい、ラケットが、へし折られる、乾いた音が、微かに、反響したような、気がした。

「…しおりさん?どうかなさいましたか?その、日向 葵、という選手を、ご存知なのですか?」

 未来さんの、静かだが、鋭い声で、私は、はっと、我に返った。

 隣を見ると、あかねさんも、部長も、私の、その、異常なまでの、硬直した表情に、気づき、訝しげに、私を見つめている。

 私の、鉄壁のポーカーフェイスが、今、完全に、崩壊しているのを、自分でも、理解した。

「…いえ」

 私は、かろうじて、そう、声を、絞り出した。

「…問題、ありません。ただの、古い、データです」

 私の、その、明らかに、いつもとは違う、動揺した声。

 仲間たちが、何かを、言いかける、その、直前だった。

 不意に、強い、視線を、感じた。

 それは、殺意でも、敵意でもない。

 もっと、複雑で、そして、重い、何か。

 私は、導かれるように、顔を上げた。

 人混みの、向こう側。

 一人の、少女が、こちらを、じっと、見つめていた。

 少し、色素の薄い、ショートカットの髪。

 勝ち気そうな、しかし、その奥に、深い、悲しみの色を湛えた、大きな瞳。

 日向 葵。

 私の、かつての太陽。

 私の、かつての、唯一の親友。

 彼女は、何も、言わない。

 私も、何も、言えない。

 ただ、体育館の、喧騒の中、時間と、空間を、飛び越えて、私たちの、視線だけが、絡み合う。

 ブロック大会の、幕が、今、静かに、そして、不穏に、上がろうとしていた。

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