特別練習・最終日 部長編(2)
後藤との、あの、壮絶なラリーが終わった。
最後のボールが、ネットにかかり、俺たちの、長い、長い「対話」は、一旦、終わりを告げた。
俺は、その場に、へたり込んだ。床の、ひんやりとした感触が、火照った体に、気持ちいい。
肺が、焼き切れそうだ。腕も、足も、自分のものじゃないみたいに、重い。
だが、不思議と、気分は、最高だった。
胸の奥に、ずっと、つっかえていた、重い、重い、鉛のような塊が、この、たった、数十分のラリーで、汗と一緒に、全部、流れ出ていったような、そんな、清々しい感覚。
俺は、床に、大の字になって、体育館の高い天井を、見上げた。
ネットの向こう側で、後藤も、同じように、床に伸びているのが、視界の端に映る。
あいつも、きっと、同じ気持ちなんだろう。
俺たちが、何も言わずに、ただ、荒い息を繰り返している、その時だった。
「……。」
俺たちの、その、無様な、しかし、どこか、満足げな、二人を、静かに、そして、冷徹に見下ろす、一つの影。
俺は、ゆっくりと、その影の主へと、視線を向けた。
静寂しおり。
彼女は、高坂との、あの、異次元の練習を、終えてきたらしい。その表情は、いつも通り、何を考えているのか、全く、読み取れない。
だが、その、ガラス玉のような瞳の奥に、明確な、そして、心の底からの、呆れの色が浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。
彼女は、ふぅ、と、一つ、小さなため息をつくと、その、平坦な声で、言った。
「……また、ですか。あなたたちは。」
その、「また」という一言に、俺たちが、前も、同じように、床に伸びていたことを、彼女が、しっかりと、記憶していることが、分かってしまった。
「そのように、非効率的なエネルギーの使い方をしていては、本番のブロック大会で、パフォーマンスを最大化することは困難です。学習能力という、パラメータは、お持ちではないのですか?」
その、あまりにも、正論で、そして、容赦のない、言葉のナイフ。
俺は、それに、言い返すだけの、気力も、そして、論理も、持ち合わせていなかった。
「…うっせえな…」
俺が、そう、呻くように、言うのが、精一杯だった。
「…こっちにはな、お前のその、小難しい理屈じゃ、片付かねえもんが、あんだよ…」
すると、それまで、黙って、床に伸びていた、後藤が、くつくつと、肩を震わせて、笑い出した。
そして、彼は、俺に、こう言った。
「…違えねえ。こいつの、その、脳みそまで、筋肉でできてるみてえな、単細胞なところは、昔から、変わんねえからな。」
「あんだと、てめえ!」
俺が、そう言い返すと、後藤は、さらに楽しそうに、笑った。
その笑顔は、もう、あの日のような、悲しみを帯びたものではない。
ガキの頃、俺と、そして風花と、三人で馬鹿みたいに笑っていた、あの頃のあいつの、笑顔そのものだった。
その、後藤の笑顔を見て、俺もまた、つられて、笑ってしまった。
俺たちの、そのあまりにも子供じみたやり取り。
それを、しおりは、心底、理解できない、といった顔で、静かに、見下ろしている。
その隣では、未来と、高坂が呆れたように、しかし、どこか、楽しそうに微笑んでいた。
そうだ。
俺たちの、止まっていた時間は、もう、動き出したんだ。
この、三日間の、特別な練習が、俺たちに、くれたもの。
それは、新しい戦術や技術だけじゃない。
失ってしまったと思っていた、かけがえのない、宝物。
それを、もう一度、取り戻すための、確かな、そして、温かい、きっかけだった。