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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
287/674

特別練習・最終日 後藤の内心

 特別練習の、三日目の朝。

 体育館の扉を開けると、そこには、もう、初日のような、あの、息が詰まるほどの、気まずい空気は、存在しなかった。

 代わりに、高いレベルの選手たちの心地の良い、そして、どこか、ピリリとした緊張感が、その場を支配している。

 しおりさんと未来さんは、既に、軽いラリーを始めている。その、異質と異端が交錯する、静かで、しかし、濃密なボールの応酬は、もはや、この体育館の、日常の風景となりつつあった。

 高坂さんは、入念なストレッチをしながら、その二人を、楽しそうに、そして、どこか、ライバルの目で、観察している。

 俺は、そんな光景を、壁に寄りかかりながら、ぼんやりと眺めていた。

(…三日目。あっという間、だったな…)

 この体育館に来るまでは、正直、怖かった。

 逃げ出した、この場所に、もう一度、足を踏み入れることが。

 猛の顔を、真っ直ぐに、見ることが。

 そして、何よりも、あいつが、もし、今も、昔と同じように、苦しんでいたら、と。

 だが、この二日間で、俺が見たのは、俺の、知らない景色だった。

 しおりという、常識を、根底から、覆すような、面白い後輩。

 未来さんや、高坂さんという、全国レベルの、好敵手たち。

 あかねさんという、太陽のような、マネージャー。

 そんな、新しい仲間に囲まれて、あいつは、確かに、主将として、前を、向いていた。

 俺が逃げていた、この数年。

 あいつは、一人で、ちゃんと、自分のチームを、作っていたんだ。

 その事実に、安堵する気持ちと、ほんの少しの、置いていかれたような、寂しい気持ちが、胸の中で、混ざり合う。

 俺は、無意識のうちに、呟いていた。

 ほとんど、自分にしか、聞こえないような、小さな声で。

「……今日で、最後、か。」

「――ああ。そうだな。」

 すぐ、隣から、返事があった。

 振り返ると、そこには、ラケットのグリップテープを、巻き直しながら、猛が、立っていた。いつから、そこにいたんだろうか。

 あいつは、俺の顔を見ずに、ただ、手元に集中しながら、ぽつりと、続けた。

「…あっという間、だったな。」

 その、静かな、しかし、俺と、全く同じ想いが込められた、言葉。

 俺たちの間に、また、あの、少しだけ、気まずい、しかし、決して、嫌ではない、沈黙が、流れる。

 その、沈黙を、破ったのは、高坂選手の、快活な声だった。

「ちょっと、二人とも!しんみりするのは、全部終わってからにしなさい!」

 彼女は、ストレッチを終え、こちらに、にっと、挑戦的な笑みを向けていた。

「さあ、練習、練習!最終日なんだから、悔いのないようにしないとね!猛くん、五郎くん!」

「…後藤だ」

 俺が、静かに、訂正する。

「はっはっは!お前間違えられてるぞ!さあ、存在感を示すぞ!後藤!」

 猛が、豪快に笑い、俺の背中を、強く、叩いた。

 その、手のひらの、熱さ。

 昔と、何も、変わらない。

 俺は、小さく、息を吐き、そして、頷いた。

 そうだ。感傷に浸っている、暇はない。

 この、特別な、三日間の、最後の、一日。

 俺もまた、悔いを残さないように、全力で、この、最高の仲間たちと、ボールを、打ち合おう。

 そう、心に、決めた。


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