特別練習・最終日
特別練習の、最終日。
体育館の空気は、これまでの二日間とは、また違う、静かで、しかし、燃えるような熱を帯びていた。
私と高坂選手は、卓球台を挟んで、向き合う。これが、この濃密な三日間の、総仕上げだ。
「さあ、静寂さん。三日間の総仕上げと行きましょうか」
高坂選手が、にっと、挑戦的な笑みを浮かべて、言った。
「今度こそ、あなたの魔術、全て打ち破ってみせる」
「…はい。お願いします」
私も、静かに、しかし、その挑戦を、真っ向から、受け止める。
試合形式での、オールコート練習が始まった。
私のサーブ。私は、あの、大きなテイクバックから、下回転とナックル、ショートとロングを自在に操る。
だが、高坂選手は、もう、ほとんど、惑わされない。彼女の瞳は、私の体ではなく、インパクトの瞬間の、ラケットの、その一点だけを、ただ、ひたすらに、見つめている。
彼女は、私のサーブを、的確に、そして、鋭く、レシーブしてくる。
ラリーが、始まる。
私が、前陣で、ストップを仕掛ける。デッドストップと、サイドスピンの、幻惑のコンビネーション。
しかし、高坂選手は、その、いやらしいまでの、台上の駆け引きに、もう、ついてきている。彼女は、驚異的なフットワークで、私の、全ての短いボールに食らいつき、甘くなったボールは、すかさず、強烈なドライブで、私を、台から、引き剥がそうとしてくる。
「くっ…!」
私は、彼女の、その、あまりにも強力な、王道のドライブの前に、台から、一歩、二歩と、下がらざるを得なかった。
そして、私は、戦術を、切り替える。
第三の武器。未来さんとの練習で、その「解」を見つけ出したカット。
台から下がった私が、カットの体勢に入る。
高坂選手の、重い、重い、ドライブが、私のコートへと、何度も、何度も、叩きつけられる。
私は、それを、時に、黒いアンチラバーで、その威力を「無」に還し、時に、赤い裏ソフトで、強烈な下回転をかけて、切り返す。
体育館の隅で、その、あまりにも異質な、攻防を見守る、後藤選手が、隣に立つ部長に、感嘆の声を漏らした。
「…すごいな。静寂さんは、あの、高坂さんの、完璧な『王道』を、完全に、自分の土俵に引きずり込んでる。攻めてるように見えて、守らされてる。守ってるように見えて、攻撃を、狙ってる」
その、後藤選手の言葉通りだった。
ラリーが、20本を超えた、その時。
高坂選手が、私の、アンチでのナックルカットに対し、ほんの少しだけ、回転をかけようとして、中途半端な、ループドライブを、打ってきた。
それは、彼女の、このラリーの中での、ほんの、一瞬の「迷い」。
…ここだ、このタイミングが仕掛けるチャンス。
それまで、守備に徹していた、私の体勢が、一瞬で、切り替わる。
台から下がっていた私が、前に、踏み込む。
そして、その、山なりに上がってきた、ループドライブを、私の、赤い裏ソフトの面が、完璧に、捉えた。
フォアハンドの、強烈な、一閃。
ボールは、高坂選手の反応を凌駕し、コートの一番深い、隅へと、突き刺さった。
長い、長いラリーの、終わり。
体育館に、静寂が、訪れる。
聞こえるのは、私と、高坂選手の、荒い、荒い、呼吸音だけ。
やがて、高坂選手が、顔を上げた。
その顔には、悔しさではない、もっと、晴れやかな、そして、満足げな、笑みが浮かんでいた。
「はぁ…はぁ…。完敗ね。でも、最高に、楽しかったわ。ありがとう、静寂の魔女さん」
私もまた、彼女の、その、どこまでも真っ直ぐな闘志と、スポーツマンシップに、敬意を表した。
「…いいえ。最高の、データを、ありがとうございました。高坂さん」
私たちの、この、三日間に渡る、特別な練習は、今、終わった。