特別練習・夕暮れの帰り道
二日目の、あの、濃密すぎる練習が終わった。
体育館の片付けを終え、俺たちは、それぞれの学校のジャージのまま、ぞろぞろと、校門を出ていく。
「猛くん、後藤くん、今日は、本当にありがとう!明日も、よろしくね!」
高坂が、快活に、俺たちに手を振る。しおりと未来、あかねも、それに続いて、会釈をして、駅の方へと向かっていった。
そして、その場に残されたのは、俺と、後藤。
「……。」
「……。」
気まずい、沈黙。
俺たちの家は、昔から、同じ方向だ。当然、帰り道も、途中まで、一緒になる。
俺たちは、何も言わずに、並んで、夕暮れの道を、歩き始めた。
隣を歩く、後藤との間には、ちょうど、もう一人分の、スペースが空いている。
まるで、そこに、誰かがいるのが、当たり前だったかのように。
(…ちくしょう。気まずくて、死にそうだ…)
昔は、この道が、こんなに、静かだったことなんて、一度もなかった。
いつも、俺と後藤の間には、風花がいた。
今日の部活であった、くだらないこと。新しく出た、ゲームの話。明日の、給食の、献立の話。
あいつは、いつも、太陽みたいに、俺たちの真ん中で、コロコロと、笑っていた。
その、笑い声が、俺たちの、世界の、全てだった。
だが、今、俺たちの間にあるのは、重く、そして、どこか、お互いを、探り合うような、沈黙だけだ。
俺は、その沈黙に、耐えきれずに、口を開いた。
「…なあ、後藤。」
「…なんだ。」
「覚えてるか?昔、この道、いっつも、三人で帰ってたよな。」
俺の、その言葉に、後藤の肩が、ほんの少しだけ、びくりと、震えたのが、分かった。
俺は、構わずに、続ける。
「風花の奴、いっつも、そこの角の、あの、もう、とっくの昔に潰れちまった、駄菓子屋で、当たり付きのアイス、買ってたよな。」
「んで、あいつ、一度も、当たりが出たことがねえの。それが、おかしくて、いっつも、三人で、腹抱えて、笑ってた。」
それは、俺たちの、宝物のような、記憶の、断片。
口に出した瞬間、胸の奥が、ちくりと、痛んだ。
後藤は、何も、答えない。
ただ、黙って、前を、見つめて、歩いている。
(…やっぱ、ダメか。この話は、まだ、早すぎたか…)
俺が、そう、諦めかけた、その時だった。
「……ああ。覚えてる。」
後藤が、ぽつりと、呟いた。
その声は、小さく、そして、掠れていた。
「……猛、お前は、いつも、ソーダ味のアイスだったな。」
その、あまりにも、懐かしい、一言。
俺は、思わず、足を止めた。
後藤の顔を見ると、あいつは、俯いて、その口元に、ほんのわずかに、あの頃のような、懐かしい、そして、悲しい、笑みを浮かべていた。
そうだ。
忘れてなんか、いなかったんだ。
あいつも、俺と、同じように。
あの、どうしようもなく、輝いていた、三人の時間を、ずっと、ずっと、胸の奥に、しまい込んで、生きてきたんだ。
やがて、俺たちの、帰り道が、分かれる、交差点に、たどり着く。
俺は、右へ。あいつは、左へ。
言うべき言葉は、まだ、見つからない。謝罪も、後悔も、そして、未来の話も、まだ、できない。
「…じゃあな。また、明日。」
俺が、そう言うのが、精一杯だった。
「…ああ。また、明日。」
後藤も、そう、短く、応えた。
俺たちは、背を向けて、それぞれの、家路へと、歩き出す。
今日は、たった、一言、二言、話しただけだ。
だが、俺たちの間の、固く、そして、分厚かった氷は、この、夕暮れの、温かい光の中で、ほんの少しだけ、確かに、溶け始めていた。
この、三日間の、練習が終わる頃には。
俺たちは、また、昔みたいに、笑い合える日が、来るのかもしれない。
そんな、淡い希望を、胸に抱きながら、俺は、ゆっくりと、坂道を、登っていった。
本日も「異端の白球使い」をお読みいただき、誠にありがとうございます。
そして、皆様の応援のおかげで、本日、この物語が、累計10,000PVを達成いたしました!ありがとうございます!
しおりという、少し(かなり?)ひねくれた主人公の、不器用な物語に、これほど多くの方が付き合ってくださっていること、作者として、驚きと共に、大きな喜びを感じています。本当に、ありがとうございます。
今後とも、ブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価などで、応援のほど、よろしくお願いいたします!
R・D