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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
283/674

特別練習・二日目(6)

 私の、新しい戦術。

 その「魔術」のタネを、高坂選手は、その驚異的な集中力と洞察力で、見破り始めた。

 私が、ナックルカットを出せば、彼女は、それを、粘り強く、繋いでくる。

 私が、下回転カットを出せば、彼女は、それを、きっちりと、ドライブで持ち上げてくる。

 私の、一方的な「実験」の時間は、終わりを告げたのだ。

 ここからは、対等な、選手と、選手との、真剣勝負。

 その、息詰まるようなラリーの末、私が、最後のカウンター攻撃を狙って、前に踏み込んだ、その一瞬の隙を、高坂選手の、鋭いカウンタードライブが、駆け抜けていった。

 練習が、一旦、止まる。

「――二人とも、そこまでです。」

 体育館の隅から、私たちの、その、あまりにも熱を帯びた練習を、静かに、しかし、鋭く、観察していた、未来さんの声が、響いた。

「これは、試合ではありません。『練習』ですよ。あまり、熱くなりすぎてはいけません。」

 未来さんの、その、的確な仲裁の言葉に、高坂選手が、はっと、我に返ったように、息を吐いた。

「…そうね。ごめんなさい、少し、夢中になりすぎていたわ」

 私たちが、ベンチへと戻ると、あかねさんが、タオルとドリンクを持って、駆け寄ってきてくれた。

「お疲れ様です。しおり!高坂さん!すごすぎて、何が起きてるのか、全然分かりませんでした!」

 あかねさんは、興奮冷めやらぬといった様子で、目を輝かせている。

「それで…」私は感想を求める。

 高坂選手は、彼女から、タオルを受け取ると、苦笑いを浮かべた。

「感想でしょ?一言で言えば、『二度とやりたくない』、かしらね」

 彼女は、汗を拭いながら、冗談めかして、そう言った。

「頭が、バグるのよ。本当に」

 その、高坂選手の、心からの言葉に、あかねさんが、不思議そうに、首を傾げた。そして、彼女は、隣に立つ、未来さんへと、視線を向けた。

「未来さん。今の、何が、そんなに厄介だったの?途中から、高坂先輩、ちゃんと、ボール、返してたように見えたけど…」

 初心者目線からの、その、素朴な疑問。

 その問いに、未来さんは、静かに、そして、まるで、講義をするかのように、丁寧に、答え始めた。

「…あかねさん。高坂さんが、しおりさんの『魔術』のタネ、つまり、同じフォームから、全く性質の違うボールを繰り出す、という、そのからくりに、気づいたのは、間違いありません。ですが…」

 未来さんは、そこで、一度、言葉を切った。

「高坂さんが、本当に、すごいのは、ここからです。」

 その言葉を引き継ぐように、高坂選手自身が、今度は、苦笑いではなく、どこか、誇らしげな、そして、うんざりしたような表情で、話し始めた。

「そうなのよ!未来さんの言う通り!タネが分かっても、本当に厄介なのは、ここからなの!」

 彼女は、私たちに、その「地獄」を、説明してくれた。

「いい?下回転カットと、ナックルカットじゃ、返すためのラケットの角度も、スイングの方向も、全く違う。頭で、『来た!ナックルだ!』って分かってても、体が、今まで、何万本と打ち込んできた、下回転への反応を、勝手にしてしまうのよ。その、コンマ数秒の、脳と体のズレ。 そこを、静寂さんは、的確に、そして、楽しむように、突いてくる」

「しかも」と、彼女は続ける。

「常に、あの、カットの体勢から、一瞬で、カウンター攻撃を狙ってる、あの、前傾姿勢を見せるでしょ?こっちは、守備のことだけじゃなくて、攻撃のことも、同時に、考えなきゃいけない。思考のリソースが、全く、足りないわ。」

 高坂選手の、その、あまりにも的確で、そして、リアルな「感想」。

 それこそが、私が、この「実験」で、最も知りたかった「答え」そのものだった。

 未来さんが、静かに、頷く。

「つまり、高坂さんは、『タネの分かっている手品』を、何度も、何度も、完璧な精度で、見せ続けられている、という状態です。それは、ある意味、タネが分からない時よりも、もっと、精神を、消耗させるのかもしれませんね」

「…そ、そんな、とんでもないことを、しおりちゃんは、やってたの…?」

 あかねさんが、信じられない、といった顔で、私を見る。

 高坂選手は、天を仰ぎ、そして、深いため息をついた。

「ええ、やってたわよ。この、静寂の魔女さんはね」

 そして、彼女は、私に向き直り、にっと、不敵に、そして、どこか、清々しい笑顔で、言った。

「でも、次は、もっと、対応してみせる。あなたの、その、ミスディレクションの技の数々を!」

 その、あまりにも真っ直ぐな、挑戦状。

 私は、静かに、そして、確かに、頷き返した。

 私の、最高の「実験」は、最高の「好敵手」と、そして、最高の「理解者」を得て、さらに、次のステージへと、進もうとしていた。

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