表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
282/674

特別練習・二日目(5)

 私の、新しい戦術は、完璧に機能していた。

 高坂選手ほどの、強者が、面白いように、私のカットに、翻弄されていく。

 強烈な下回転と、全く回転のない、ナックルカット。その、悪夢のような、二択の地獄。

 彼女の、あの、鉄壁を誇るはずのドライブに、次々と、エラーが生まれていく。

(…この戦術の、有効性は、証明された。対、王道ドライブマンへの、キラーコンテンツと、なり得る)

 私の思考ルーチンが、その、満足すべき、結論を弾き出した、その時だった。

 ネットを挟んだ、向こう側。

 高坂選手の、雰囲気が、がらりと、変わったのだ。

 それまでの、焦りと、混乱の色が、すっと、その瞳から消え去り、代わりに、まるで、嵐の前の、静けさのような、極限まで研ぎ澄まされた、集中の光が宿っていた。


 彼女は、私のカットを、再び、ドライブで打ち返してきた。

 私は、予定通り、そのドライブに対し、ラケットを反転させ、黒いアンチラバーの面で、ナックルカットを、返球する。

 体を大きく使った、強烈な下回転をかける時と、全く同じ、モーションで。

 これまでなら、彼女は、このモーションに、惑わされていたはずだった。

 しかし。

(…待って。落ち着け、私。この感じ…この、体の大きな動きで、惑わせてくる感じ…)

 高坂さんの思考が、高速で、回転していた。

(そうだ。さっきの、サーブと、全く、同じじゃない…!)

(彼女の、あの、大袈裟な、演劇みたいな、体の動きは、全部、嘘。フェイクだ。見るべきは、そこじゃない。信じるべきは、一つだけ…!)

(――インパクトの瞬間の、ラケットの面!そして、ボール、そのもの!)

 彼女の瞳は、もはや、私の、体を大きく使った、派手なモーションには、一切、惑わされていなかった。

 その視線は、レーザー光線のように、私の手元と、そして、そこから放たれる、白いボール、その一点だけに、全神経を集中させていた。

 私が、黒いアンチラバーの面で、ボールを捉えた、その瞬間。

 彼女は、それを、完璧に、見抜いた。

 そして、ループドライブを打つために、開きかけていた、ラケットの角度を、瞬時に、修正する。

 回転のないボールを、的確に、ミートするための、最適な、角度へと。

「タンッ!」という、確かな音と共に、ボールは、深く、そして、安定して、私のコートへと、返球された。

 それは、攻撃的な返球ではない。だが、これまでの、凡ミスとは、全く質の違う、完璧に「対応」された、一球だった。

(…見破られた、か)

 私の思考が、即座に、次のパターンへと移行する。

 ならば、と、今度は、赤い裏ソフトの面で、強烈な下回転カットを、繰り出す。

 だが、高坂選手は、その、ラケット面の色の違いと、インパクトの瞬間の、ほんのわずかな、ラケットの角度の変化を、見逃さなかった。

 彼女は、今度は、下回転を、持ち上げるための、完璧なフォームで、そのボールを、力強いドライブで、打ち返してきたのだ!

 私の「幻惑」は、彼女の、その、あまりにも純粋で、そして、強靭な「集中力」と「洞察力」の前に、その効果を、急速に、失い始めていた。

 私の、一方的な「実験」の時間は、終わりを告げたのだ。

 ここからは、対等な、選手と、選手との、真剣勝負。

 体育館の隅で、その、あまりにも高度な、攻防を見ていた、未来さんが、静かに、そして、どこか、嬉しそうに、呟いた。

「…また、見破った。高坂さんは、しおりさんの『魔術』の、その本質が『視線誘導』と『情報偽装』であることを見抜き、その対抗策として、ボールとラケットの接触点のみを見る、という、最も、合理的で、そして、困難な解答を、導き出したんですね」

 私の思考ルーチンが、警鐘を鳴らす。

 私は、ネットの向こう側で、再び、闘志の炎を、その瞳に、爛々と燃やす、高坂選手を見つめた。

 そうだ。そうでなくては、面白くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ