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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
281/674

特別練習・二日目(4)

 部長と後藤選手の、あの、魂をぶつけ合うような、壮絶な打ち合いが終わった後。体育館には、再び、静かだが、しかし、より一層、密度の濃い緊張感が、漂い始めていた。

 一通りの練習を終え、短い休憩を挟んだ後、私は、再び、高坂選手の前に立った。

「高坂さん」

 私の、その静かな呼びかけに、彼女は、汗を拭いながら、挑戦的な、しかし、どこか楽しげな瞳を、私に向けた。

「なに?静寂さん。もう、私の『感想』は、前に全部、話したわよ?」

「ええ。非常に、有益なデータでした。ですが、私には、まだ、検証したい仮説があります」

 私は、ラケットを握り直し、そして、彼女に、新たな「実験」への参加を、要求した。

「今度は、あなたに、私に対して、できる限り、質の高いドライブを、連続で、打ち続けてほしいのです。私が、それを、カットで、どこまで凌げるか、その限界データを、収集したい」

 私の、その、あまりにも、悪びれない、研究者のような言葉。

 高坂選手は、一瞬、きょとんとした後、腹を抱えるようにして、豪快に笑い出した。

「はっはっは!面白いこと言うわね!いいわよ、その挑戦、受けて立つわ!私のドライブ、あなたの付け焼き刃のカットで、止められるかしら?」

 彼女の、その、どこまでも真っ直ぐな闘志。それこそが、私の求める、最高の「データ」を提供してくれる。

 私は、静かに、頷いた。

 高坂選手が、台の向こう側で、深く、そして、美しいフォームで、構える。

 そして、練習の、第一球が、放たれた。

 鋭い下回転サーブ。私が、それをツッツキで返すと、彼女は、待っていましたとばかりに、全身のバネを使い、強烈なループドライブを、私のコートへと、叩き込んできた!

 私は、そのボールに対し、素早く、台から、一歩、二歩と、下がる。

 そして、未来さんとの練習で掴んだ、あの「感覚」を、全身で、再現する。

 膝を、深く、曲げる。体幹を、固定する。そして、ラケットを「振る」のではない。相手のボールの威力を、体全体で、ふわりと、受け止める。

 インパクトの瞬間。ラケットの面は、黒いアンチラバー。

「トン」という、硬質で、無機質な音。

 高坂選手の、強烈な回転エネルギーは、私のラケットという「深淵」に、一瞬で吸い込まれ、完全に「無」へと還った。

 そして、その「無」そのものが、ふらふらと、しかし、低く、相手コートへと、送り返される。

「なっ…!?」

 高坂選手は、自分の打ったドライブが、まるで、生命力を吸い取られたかのように、変わり果てた姿で返ってきたことに、驚愕の声を上げた。彼女は、そのナックルカットを、なんとか、次のドライブで打ち返してくる。

 だが、私は、そのボールに対し、今度は、同じフォームのまま、ラケットを反転させ、赤い裏ソフトの面で、ボールの底を、鋭く、薄く、擦り上げた。

「シュッ!」という、鋭い摩擦音と共に、今度は、強烈な下回転のかかった、重いカットが、相手コートを襲う。

 高坂選手は、その、あまりにも極端な、回転の変化に、対応できない。

 彼女のドライブが、無情にも、ネットに突き刺さる。

「下回転と、ナックル…!同じフォームから、めちゃくちゃに…!」

 彼女の顔に、焦りの色が、浮かび始めた。

 そうだ。これこそが、私の、新しい「武器」。

 私の「異端」と、未来さんの「助言」によって生まれた、究極の、守備戦術。

 体育館の隅で、その光景を見ていた、あかねさんと、未来さんの会話が、聞こえてくる。

「未来ちゃん、今の、なに…?高坂先輩のすごいドライブが、全部、変なボールになって返ってきてる…」

「…あれが、しおりさんの、新しい『武器』です。同じフォームから、全く性質の違う二種類のカットを繰り出しているんです。高坂さんは、常に、回転の『有る』と『無い』の、二択の地獄を彷徨わされている状態ですね」

 ラリーが、続く。

 高坂選手の、強烈なドライブ。

 私が、それを、時に、ナックルで殺し、時に、下回転で切り返す。

 彼女の思考は、完全に、混乱し始めていた。

 そして、ラリーが、10本を超えた、その時だった。

 高坂選手が、その混乱を断ち切るように、少しだけ、威力を落とした、繋ぎのループドライブを、打ってきた。

 それは、彼女の、ほんのわずかな、判断の、迷い。

 そして、その隙を、私が見逃すはずもなかった。

 それまで、守備に徹していた、私の体勢が、一瞬で、切り替わる。

 台から下がっていたはずの私が、電光石火の速さで、前に、踏み込む。

 そして、その、山なりに上がってきた、ループドライブを、私の、赤い裏ソフトの面が、完璧に、捉えた。

 フォアハンドの、強烈な、一閃。

「烈火の速攻」。

 ボールは、高坂選手の、反応すら、許さず、コートの、一番深い、隅へと、突き刺さった。

 体育館に、静寂が、訪れる。

 高坂選手は、ただ、呆然と、自分のコートに突き刺さった、そのボールを、見つめているだけだった。

 守備で、相手を、幻惑し、思考を破壊し、そして、最後に、自らの攻撃で、仕留める。

 私の、新しい「引き出し」が、その、恐ろしいまでの、完成度を、示した、瞬間だった。


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