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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
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特別練習・二日目(3)

 休憩中。体育館の隅では、部長と後藤選手が、タオルを頭から被り、壁に寄りかかって、ぐったりとしている。あの二人は、ほとんど休憩を取らずに、お互いを、ただ、ひたすらに、打ちのめすかのような、壮絶なラリーを繰り返していたからだろう。

 私は、そんな二人から、少し離れたベンチに座り、自分のラケットを手癖のように回していた。

 私の近くでは、高坂選手と、未来さんが、並んで座り、ドリンクを飲みながら、言葉を交わしている。あかねさんも、その隣で、楽しそうに、相槌を打っていた。

 私は、特に、その会話に、意識を向けていたわけではない。ただ、その、穏やかな声の響きが、私の「静寂な世界」に、心地の良い、背景音として、存在しているだけだった。

 その、穏やかな空気を、破ったのは、高坂選手の、ふとした、純粋な疑問だった。

「そういえば、幽基さん。ずっと気になってたんだけど、どうして普通の公立に転校してきたの?確か、月影女学院って、県内でも有名なお嬢様学校で、卓球も、全国レベルの強豪だったわよね?」

 その、あまりにも、直接的な問い。

 体育館の、全ての音が、一瞬、遠くなったような気がした。私の、ラケットを回す手がぴたりと、止まる。

 未来さんは、少しだけ、遠い目をした後、静かに、そして、淡々と、語り始めた。

「…ええ。ですが、私の求める卓球は、もう、あそこには、ありませんので。」

 彼女は、県大会の、私との試合について、話し始めた。

 何日も、何日も、私の、あの「異端」な卓球を、映像で分析し、その、全ての戦術を、解体し、そして、対策を練り上げた、一冊の、分厚い、作戦メモ。

「その分析メモが、何者かによって、私のいたチームの、コーチの手に、渡っていました。」

 高坂選手の、表情が、変わる。

「コーチは、その、外部から不正に得た情報を、私に利用させました。静寂さんを、万全の対策で、打ち破るために。」

「…私は、その情報を、使ってしまいました。それは、私が求める、選手と選手との、真摯な『対話』としての卓球を、汚す行為。それを強制されてしまった。そのようなコーチの下では、もう、プレーは続けられないと。」

 未来さんの、その、静かな告白。

 聞いていた、高坂選手は、手にしていた、ドリンクボトルを、床に、ゴン、と、少しだけ、乱暴に置いた。

 その顔には、怒りと、そして、それ以上に、深い、深い、侮蔑の色が浮かんでいた。

「……最低ね、そのコーチ。選手の誇りを、何だと思ってるのかしら。」

 彼女は、そう吐き捨てると、今度は、未来さんの顔を、真っ直ぐに見て、その瞳に、強い、尊敬の光を宿らせた。

「…でも、あなたも、すごいわね。全国レベルの強豪校を、自らの信念を貫くために、辞めるなんて。並大抵の覚悟じゃ、できないことよ。あなたのそのスポーツマンシップ、心から、尊敬するわ。」

 そして、彼女の、その、燃えるような、誇り高い視線が、今度は、私へと、向けられた。

「…そして、静寂さん。あなたもよ。つまり、あなたは、自分の戦術が、相手に、筒抜けになっている、という、最悪の状況で、それでも、幽基さんに、勝ったんでしょ?」

 私は、何も、答えない。

 ただ、じっと、彼女の、次の言葉を、待っていた。

 高坂選手は、ふん、と、誇らしげに、鼻を鳴らした。

「噂が、どうとか、こうとか、馬鹿馬鹿しい。誰が、何を言おうと、事実は、一つよ。」

「県大会で、あなたたち二人は、誰よりも強く、そして、誰よりも、誇り高い戦いをした。ただ、それだけ。私は、そんなあなたたちと戦えたことを、誇りに思うわ。」

 その、あまりにも、潔く、そして、どこまでも、気高い、言葉。

 それは、昨日、彼女が、私に、直接、ぶつけてくれた、あの、熱い想いと、全く、同じものだった。

 私は、ただ、黙って、その言葉を、聞いていた。

 私の思考ルーチンが、解析不能な、新しいデータに、直面していた。

(未来さんの、転校の理由…それは、彼女自身の、『誇り』という、非合理的な、しかし、絶対的な、パラメータに基づいていた…)

(そして、高坂さんは、その、未来さんの『誇り』と、情報漏洩という、不利な状況下で勝利した、私の『結果』、その両方を、等しく、『誇り高い』と、評価している…)

(勝利と、敗北。その、二元論では、説明できない、何か、別の、価値基準が、彼女たちの中には、存在している…?)

「……。」

 私は、またしても、この、熱く、そして、誇り高い、二人のライバルの、その「対話」の、輪の外に、一人、取り残されていた。

 彼女たちの、その、あまりにも人間的な、そして、あまりにも、眩しい、その「誇り」の正体。

 それを、理解するには、私の思考ルーチンは、まだ、あまりにも、未熟すぎるようだった。


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