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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
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特別練習・帰り道

 体育館の、全ての電気が消された。

 後藤選手は、部長と、まだ何か、言葉少なながらも、話し込んでいる。未来さんとあかねさんは、その二人を、少し離れた場所から、心配そうに、しかし、邪魔しないように、静かに見守っていた。

 今日の、特別な練習は、それぞれの心に、大きな、そして、異なる種類の、波紋を残したようだった。

「じゃあ、私たちは、お先に失礼しますね」

 先に、切り出したのは、未来さんだった。

「しおりさん、また明日」

「はい、また、明日」

 私と未来さんが、短い挨拶を交わす。あかねさんも、「しおりちゃん、またね!気をつけて帰るんだよ!」と、元気に手を振ってくれた。

 私は、一人、夜の道を、駅へと向かって歩き始めた。

 今日の練習で得られた、膨大なデータ。特に、高坂選手という、最高の「王道」プレイヤーから得られた、私の新戦術に対する、生のフィードバック。それらを、私の思考ルーチンは、何度も、何度も、反芻し、分析を繰り返していた。

「――待って、静寂さん!」

 不意に、後ろから、あの、快活で、そして、芯のある声が聞こえた。

 振り返ると、そこには、少しだけ息を切らせた、高坂選手が立っていた。

「あなたも、こっちの駅だったのね。途中まで、一緒にいいかしら?」

 彼女は、そう言って、にっと、人の好い笑みを浮かべた。

「…ええ。問題ありません」

 私は、短く、そう答える。

 こうして、私と、県大会であれほどの死闘を演じた、ライバルとの、奇妙な帰り道が始まった。

 並んで歩く。お互いに、何も、話さない。

 だが、その沈黙は、決して、気まずいものではなかった。それは、全力を出し尽くした、二人の選手の間だけに流れる、どこか、心地の良い、そして、敬意に満ちた、静寂だった。

 しばらく、歩いたところで、彼女が、不意に、大きなため息をついた。

「はぁー、疲れたー!でも、面白かったわ。静寂さん、あなたの卓球、本当に、心臓に悪い」

 彼女は、そう言って、楽しそうに笑う。その表情には、練習で、私にいいようにやられた、というような、悔しさの色は、微塵も感じられない。

「…あなたの対応力も、私の予測を上回っていました。特に、私のサーブのモーションを無視し、ボールの回転のみに集中するという判断。合理的で、的確でした」

 私の、その、分析的な称賛に、彼女は、少しだけ、驚いたような顔をした。そして、すぐに、また、楽しそうに笑う。

「そんなこと言って!あれを見破るのに、何本サービスエース取られたと思ってるのよ!でも、おかげで、いい課題ができたわ。ありがとう」

 彼女の、その、あまりにも、カラリとした、態度。それは、私の、これまでの対戦相手とは、全く、異なっていた。

 そして、彼女は、ふと、真剣な表情になり、私に、問いかけた。

「…ねえ、静寂さん。あなた、どうして、あんなに、普通じゃない卓球をするの?」

 その問いは、私が、これまで、あまり聞かれたことのない、私の、本質に触れる、問いだった。

「あなたの身体能力とボールタッチなら、普通のドライブマンとしても、絶対に、県で一番になれるのに。どうして、わざわざ、あんな、いばらの道を選ぶの?」

 彼女の瞳は、真剣だった。そこには、純粋な、アスリートとしての、疑問と、そして、私という人間への、興味が、浮かんでいた。

 私は、一度、夜空を見上げた。月が、白く、静かに、私たちを、見下ろしている。

 私は、答える。

「…『普通』では、勝てない相手がいるからです。」

「え…?」

「あるいは、『普通』の勝利では、意味がない、と言うべきでしょうか。」

 私の、その、あまりにも、抽象的で、そして、どこか、諦観を帯びた言葉。

 高坂選手は、その真意を、すぐには、理解できないようだった。ただ、何かを、感じ取ってはくれたのだろう。彼女は、それ以上、何も、聞いてこなかった。

 やがて、駅の、改札が見えてきた。

「じゃあ、私は、ここだから。」

 高坂選手が、立ち止まる。

「今日の借りは明日必ず返すからね!明日は、あなたの、その『魔術』、絶対に、打ち破ってみせる!」

 彼女は、そう言って、拳を、私の目の前に、突き出した。その瞳は、闘志の炎で、きらきらと、輝いている。

 私は、その拳を、じっと、見つめた。

 そして、ほんの少しだけ、本当に、ほんの少しだけ、躊躇った後、私自身の、小さな拳を、そっと、彼女の拳に、こつんと、合わせた。

「…はい。お待ちしています。」

 私の口元に、ほんのわずかに、自分でも気づかない、笑みが浮かんでいたのかもしれない。

 高坂選手は、満足そうに、にっと笑うと、改札の中へと、消えていった。

 私は、一人、夜道を、歩き出す。

(高坂まどか。高いレベルの、王道のプレイヤー。彼女のパラメータ…それは、技術や戦術だけではない。『スポーツマンシップ』『敬意』『純粋な闘争心』…。これらの、数値化不可能な変数が、彼女の強さを、形作っている…)

 私の思考ルーチンが、また一つ、新しい、そして、温かい、解析不能なデータを、記録する。

「強さ」とは、一体、何なのだろうか。

 その、答えの見えない問いが、私の「静寂な世界」に、静かに、そして、確かに、響いていた。

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