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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
276/674

特別練習・止まった時間(3)

 後藤との、あの、壮絶な打ち合いが終わった後。

 俺たちは、どっちからともなく、ラリーをやめた。

 試合形式で、ポイントを数えていたはずなのに、もう、どっちが勝ったのか、負けたのかも、どうでもよくなっていた。

 ただ、体中の、全ての力を、使い果たした。

 俺は、その場に、へたり込んだ。床の、ひんやりとした感触が、火照った体に、気持ちいい。

 ネットの向こう側で、後藤も、同じように、床に大の字になって、天井を見上げてやがる。

 その姿が、なんだか、ガキの頃の、夏休みの終わりの、遊び疲れた俺たちみたいで、思わず、笑いがこみ上げてきそうになった。

「…猛くん、後藤くん、大丈夫!?」

 山吹の高坂が、タオルとドリンクを持って、駆け寄ってきてくれた。

「もう、二人とも、無茶苦茶なんだから!ただの練習試合で、あそこまでやる!?」

 彼女は、呆れたように、しかし、どこか、その瞳は、楽しそうに笑っている。

「…悪ぃ、高坂。ちょっと、な…」

 俺が、そう言って、体を起こそうとした、その時だった。

 しおりと、未来、そして、あかねが、こちらに、歩いてくるのが見えた。

 しおりたちの練習も、終わったらしい。

 彼女は、俺と、そして、床に伸びている後藤の姿を、順番に、じろり、と見た。

 そして、その、いつも通りの、一切の感情が読み取れない、ガラス玉のような瞳で、しかし、その声には、明らかに、心の底からの、深い呆れの色を乗せて、言った。

「……一体、なにやってんですか部長。死屍累々ですね」

 その、あまりにも的確で、容赦のない言葉。

「これでは、練習の効率が、著しく低下します」

 俺は、その言葉に、ぐうの音も出ない。

 だが、このまま、この天才一年生に、ただ、呆れられたままで終わるわけには、いかねえ。主将として、そして、男としての、プライドがある。

 俺は、床に伸びている後藤を、震える指で、ビシッと、指差した。

「お、俺のせいじゃねえ…!」

 その声は、自分でも情けないと思うほど、子供じみていた。

「こいつが…!後藤の奴が、昔と、ちっとも変わんねえ、えげつねえコースばっかり、狙ってきやがるから…!つい、熱を入れすぎたんだ…!」

 そうだ。こいつが、悪い。

 俺が、そう、責任をなすりつけようとした、その時。

 床に伸びたまま、後藤が、心底、面倒くさそうに、そして、呆れたように、呟いた。

「…はあ?お前が、最初から、殺すみてえなドライブ、打ってきたんだろうが…。」

 そして、彼は、ゆっくりと、こちらに顔を向け、ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべた。

「……それに、お前も、かなり、乗って来ただろ…猛。」

 その、ガキの頃と、全く変わらない、挑発するような、言い方。

 俺と、あいつの間にだけ流れる、あの頃の、空気。

「なっ…!乗ってねえよ!俺は、いつでも、冷静沈着だ!」

 俺が、そう、見え透いた嘘で、言い返した、その時。

 周りから、こらえきれない、というような、笑い声が、響き渡った。

 高坂が、腹を抱えて笑っている。あかねも、口に手を当てて、くすくすと笑っている。そして、あの、氷のようだった、しおりの口元すら、ほんのわずかに、緩んでいるような気がした。

 俺と、後藤は、顔を見合わせる。

 そして、つられて、二人で、声を出して、笑った。

 それは、何年ぶりかの、腹の底からの、笑い声だったのかもしれない。

 俺たちの、長い、長い、空白の時間は、まだ、完全には、埋まっていない。

 だが、この、ガキの頃みてえな、責任のなすりつけ合いが、その、最初の、そして、何よりも確かな、一歩となったことは、間違いなかった。

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