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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
275/674

特別練習・開幕(6)

 私が、ある程度のデータを収集できたと判断し、サーブを出すのを、やめた、その時。

 ネットの向こう側で、高坂選手が、ぜえぜえと肩で息をしながら、床に、へたり込んだ。

「はあっ…はあっ…。もう、無理…!なんなのよ、あなた、本当に…!」

 彼女は、悔しさと、そして、それ以上に、ある種の面白さがこみ上げてくるといった様子で、体育館の床を、バン!と、軽く叩いた。その表情には、先ほどまでの、試合中のような険しさはない。

「高坂さん…」

 私が声をかけると、彼女は、汗で額に張り付いた前髪をかき上げながら、私を、じろりと、睨み上げてきた。

「…静寂さん。あなたの、そのストップは。あれは、もう、卓球じゃないわ。魔法か、あるいは、ただの、たちの悪いイカサマよ!」

 彼女の、その、あまりにもストレートな物言いに、見守っていたあかねさんが、思わず、くすりと笑いを漏らす。

「いい?こっちはね、あなたの、あの、演劇部員みたいな、大袈裟なモーションを見て、全身全霊で、『うおお、下回転!絶対切れてる!』って、ループドライブの体勢に、入ってるのよ!」

 彼女は、座り込んだまま、ラケットを振る真似をする。

「そこに!あの、魂の抜けたみたいな、ふらっふらのナックルが、長いのか、短いのかも分からない軌道で、飛んでくるの!体が、脳が、バグるのよ!分かる!?」

 彼女の、その、あまりにも人間的で、そして、どこかコミカルですらある、感想の述べ方。

 それは、未来さんの、あの、静かで知的な分析とは、全く異なっていた。

 私は、彼女のその言葉を、私の思考ルーチンに、貴重な「定性的データ」として、インプットしていく。

「…それで、攻略法は、見えましたか?」

 私の、その、どこまでも冷静な問いかけに、高坂選手は、むっとしたように、唇を尖らせた。

「…見えたわよ、もちろん!伊達に、県ベスト8じゃないんだから!」

 彼女は、よっこいしょ、と立ち上がると、私の目の前までやってきた。そして、私の瞳を、真っ直ぐに、覗き込む。

「要は、あなたの、その、女優みたいな、大袈裟な演技は、全部、無視すればいいんでしょ。信じるのは、ボールだけ。ラケットから、ボールが離れた、その、僅かな時間に、全てを賭ける。…まあ、言うは易し、だけどね」

 そして、彼女は、にっと、不敵な笑みを浮かべた。

 それは、清々しいほどの、挑戦者の笑みだった。

「でも、次は、もう騙されないわよ。あなたの、その、ひねくれたサーブも、いやらしいストップも、全部、私の『王道』のドライブで、叩き潰してあげるから!覚悟しておきなさい!」

 彼女は、そう言うと、私の頭を、わしわしと、少しだけ、乱暴に撫でた。

「…まあ、今日は、いい練習になったわ。ありがとうね、静寂さん」

 その手つきは、まるで、出来の悪い、しかし、どこか憎めない、妹に対する、姉のような、不器用な優しさに、満ちていた。

「…どういたしまして。こちらこそ、貴重なデータを、ありがとうございました」

 私が、そう言って、静かに頭を下げると、彼女は、満足そうに、頷いた。

 私の「異端」と、彼女の「王道」。

 私たちの間には、確かに、ライバルとしての、そして、どこか、好敵手ともとしての、新しい関係性が、芽生え始めていた。


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