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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
274/674

特別練習・開幕(5)

 高坂選手の思考ルーチンは、私の、同じモーションから繰り出す、あまりにも多彩な「短いボール」の前に、完全に、飽和状態に陥っているように見えた。

 前に出れば、左右に振られ、後ろに下がれば、ネット際に落とされる。彼女の、あの、美しいまでに完成された「王道」の卓球が、私の「異端」な戦術の前に、その形を、失いかけていた。

(…このパターンを、あと、数回、繰り返せば、彼女の精神は、完全に、破壊できる)

 私の思考ルーチンが、練習を忘れ、冷徹な、勝利への最短ルートを、計算し終えた、その時だった。

 高坂選手が、ふぅー、と、長く、息を吐いた。

 そして、彼女は、それまでとは、明らかに、その構えと、目の色を変えたのだ。

 それまでの、混乱と、焦りの色が、すっと、その瞳から消え去り、代わりに、まるで、難解なパズルを前にした、数学者のような、静かで、そして、極限まで研ぎ澄まされた、集中の光が宿っていた。

(…来る)

 私が、そう直感したのと、彼女がサーブを打ったのは、ほぼ、同時だった。

 短い、下回転サーブ。私は、セオリー通り、ツッツキで返す。

 そこから、再び、台の上での、短いラリーが始まった。

 私は、仕掛ける。

 ツッツキの応酬から、一瞬、ラケットを反転させ、黒いアンチラバーの面で、デッドストップを、ネット際に落とす。

 これまでなら、これで、彼女の体勢は、崩れていたはずだった。

 しかし。


 高坂選手は、もう、私の、体を大きく使った、大袈裟なモーションには、一切、惑わされていなかった。

(そうだ。彼女の、その大きな動きは、全て、嘘。フェイクだ)

 高坂さんの思考が、切り替わっていた。

(見るべきは、そこじゃない。見るべきは、インパクトの瞬間の、ラケットの面。そして、ラケットから、ボールが離れた、その直後の、ボール自身の、回転と、軌道…!それ以外、信じるな!)


 彼女の瞳は、もはや、私の体ではなく、私の手元と、そして、そこから放たれる、白いボール、その一点だけに、全神経を集中させていた。

 ナックルだと、見抜いた彼女は、ループドライブの体勢を、瞬時に、安定したプッシュの体勢へと切り替える。

「タンッ!」という、確かな音と共に、ボールは、深く、そして、安全に、私のコートへと返球された。

 それは、攻撃的な返球ではない。だが、これまでの、凡ミスとは、全く質の違う、完璧に「対応」された、一球だった。

(…見破られた、か)

 私の思考が、即座に、次のパターンへと移行する。

 再び、短いラリー。今度は、赤い裏ソフトの面で、強烈なサイドスピン・ストップを仕掛ける。

 だが、高坂選手は、インパクトの瞬間の、私の、ラケット面の、ほんのわずかな角度の変化を、見逃さなかった。彼女は、体を、素早く、ボールが曲がる方向へと、移動させ、完璧なポジションで、そのボールを、待ち構えていた。

 そして、そのボールを、彼女は、ただ、返すだけではない。

「させないわよ!」

 鋭い気合と共に、彼女は、そのボールを、自らのチキータで、攻撃的に、私のフォアサイドへと、打ち返してきたのだ!

「…っ!」

 今度は、私が、意表を突かれる番だった。

 私は、なんとか、そのボールに食らいつく。

 だが、そこから、流れは、完全に変わった。

 私の「マルチプル・ストップ戦術」は、もはや、相手を一方的に支配する、魔法の杖ではない。

 高坂選手は、私の、全ての、短いボールに、対応し始めたのだ。

 私が、ナックルを出せば、彼女は、それを、粘り強く、繋いでくる。

 私が、回転をかければ、彼女は、それを、きっちりと、ドライブで持ち上げてくる。

 私の「幻惑」は、彼女の、その、あまりにも純粋で、そして、強靭な「集中力」の前に、その効果を、失いかけていた。

 体育館の隅で、その光景を見ていた未来さんの、静かな声が、あかねさんの耳に届く。

「…すごい。高坂さん、しおりさんの『魔術』の、タネを、見破りました。ここからが、本当の、頭脳戦ですね」

 私の思考ルーチンが、警鐘を鳴らす。

(…戦術『幻惑の壁』、相手の適応により、有効性が60%以上、低下。このままでは、ジリ貧になる。新たな、そして、より、高度な、一手を、打つ必要がある…)

 私は、ネットの向こう側で、再び、闘志の炎を、その瞳に燃やす、高坂選手を見つめた。

 そうだ。そうでなくては、面白くない。

 私の「異端」が、本物かどうか。

 この、「王道」の、最強の挑戦者を前に、今、まさに、試されようとしていた。

 私の、本当の「実験」は、ここから、始まるのだ。

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