表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
273/674

特別練習・開幕(4)

 私と高坂選手の、あの、壮絶なオールコートのラリー練習が終わった後、体育館には、再び、静かだが、しかし、より密度の濃い緊張感が漂い始めていた。高坂選手は、息を整えながらも、その瞳には、私の次の「一手」を探るような、強い警戒の色が浮かんでいる。

 私は、彼女に向かって、静かに告げた。

「高坂さん。サーブの検証は、一旦終了します。次は、レシーブからの展開…私の『マルチプル・ストップ』のデータを収集したい。あなたの、前陣での対応力を見せてください」

「マルチプル…ストップ…?」

 彼女が、訝しげに、その聞き慣れない言葉を繰り返す。

「ええ。始めましょうか」

 私は、それ以上は説明せず、レシーバーとして、台についた。

 高坂選手は、何かを察したように、表情を引き締め、そして、短い、下回転のサーブを、私のフォア前へと送ってきた。

 私は、そのサーブに対し、ラケットを赤い裏ソフトの面に向け、全く同じ、下回転のツッツキで、短く、相手コートに返球する。

 ごく普通の、前陣での、ツッツキの応酬。

 タン、タン、タン…。

 数回、ラリーが続いた後、高坂選手のツッツキが、ほんのわずかに、深く入った。

 その、瞬間だった。

 私のラケットが、相手には認識できないほどの速さで、掌の中で、くるりと半回転した。

 そして、私は、先ほどまでと全く同じ、ツッツキのモーションで、ボールを捉える。だが、ボールに触れたのは、黒いアンチラバーの面。

「カツンッ」という、乾いた音。

 ボールは、それまでの下回転の応酬が嘘のように、全ての回転を失い、そして、ネットの白線の上を、舐めるように、するりと越え、相手コートに、ぽとりと落ちた。

 デッドストップだ。

「くっ…!」

 高坂選手は、次の下回転を予測していたのだろう。彼女のラケットは、ボールの下を、虚しく、空を切った。

「今の…持ち替えたの…!?」

 彼女が、驚愕の声を上げる。

 私は、答えない。ただ、無表情に、次のラリーを待つだけだ。

 再び、高坂選手のサーブ。

 今度も、短いラリーの応酬。そして、私が、再び、同じモーションで、ボールを捉える。

 高坂選手は、今度は、ナックルを警戒し、ラケットの面を、少しだけ、立てて待っている。

 だが、私が、今度は、赤い裏ソフトの面で、ボールの、真横を、鋭く捉えた。

 横回転ストップ。ボールは、彼女の予測とは全く違う、真横の方向へと、鋭く、曲がっていった。

「なっ…!?」

 彼女のラケットは、またしても、空を切る。

「下回転、ナックル、そして、今度は、横回転…!?同じ、構えから、全部…!?」

 彼女の、その冷静な思考が、明らかに、混乱をきたし始めているのが、見て取れた。

 そして、私は、その、思考の迷路に迷い込んだ彼女に、とどめを刺す。

 再び、短いラリー。

 私が、また、あの、モーションに入る。

 高坂選手の思考が、高速で回転する。「次は、なんだ?下か?ナックルか?横か?あるいは、ロングプッシュか…!?」

 彼女が、その、コンマ数秒の判断に、迷った、その瞬間。

 私は、ストップの構えから、一転、ラケットを裏ソフトの面に切り替え、手首のスナップを効かせ、そのボールを、彼女の、がら空きになった、フォアサイドへと、攻撃的なフリックで、弾き飛ばした。

 白いボールが、閃光のように、彼女の横を駆け抜けていく。

 彼女は、もう、そのボールに、反応すら、できなかった。

 体育館の隅で、その光景を見ていた未来さんが、静かに、そして、どこか、恍惚とした表情で、呟いた。

「…すごい。台の上という、僅か数メートルの空間を、完全に支配している。同じモーションから、回転、無回転、コース、長短、緩急…全ての変数を、彼女一人がコントロールしている。高坂さんの思考が、完全に、飽和状態に陥っている…。これが、彼女の『支配の卓球』の、本質…」

 高坂選手は、膝に手をつき、肩で、大きく息をしていた。その顔には、悔しさよりも、もっと、根源的な、理解不能なものに直面したかのような、畏怖の色が浮かんでいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ