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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
268/674

特別練習・開幕

「おお、みんな、揃ったか!高坂さん、後藤くん、今日は、本当にありがとう!さあ、早速だが、練習を始めようか!」

 顧問である佐藤先生の、その、いつもと変わらない、穏やかな声が、体育館に響いた。

 しかし、今日の体育館の空気は、いつもとは、明らかに違っていた。ピリピリとした、しかし、どこか心地の良い、高いレベルの緊張感が、その場を支配している。

 その緊張を、楽しむかのように、山吹中学の高坂選手が、一歩、前に出た。

「じゃあ、まずは私から!静寂さん、お願いできるかしら?」

 彼女の、その真っ直ぐな視線が、私を射抜く。その瞳には、県大会の時と同じ、強い闘志と、そして、未知の相手と戦うことへの、純粋な喜びが浮かんでいた。

「…はい。お願いします」

 私は、短く応え、ラケットを握り直す。

 高坂選手は、にっと、好戦的な笑みを浮かべた。

「試合形式もいいけど、まずは、お互いのボールに慣れたいところね。フォアとバック、オールコートで、ひたすらラリーを続けましょう。どこに打ってもいいから、全力で」

「…承知しました」

 私と高坂選手が、卓球台を挟んで、向き合う。

 体育館の隅では、未来さんとあかねさんが、固唾をのんで、私たちの様子を見守っている。そして、少し離れた場所では、部長と後藤選手が、それぞれ、壁に寄りかかるようにして、腕を組み、静かに、こちらを見ていた。二人の間には、まだ、重く、そして気まずい沈黙が、横たわっている。

「いくわよ!」

 高坂選手が放った、最初の一球。それは、彼女の、あの、教科書のように美しく、そして、威力のある、王道のループドライブだった。

 ボールが、高い弧を描き、私のコートへと突き刺さる。

 私は、そのボールに対し、ラケットの、赤い裏ソフトの面を合わせた。

「トンッ」という、低く、そして、確かな手応え。私の返球もまた、安定した軌道を描き、相手コートへと吸い込まれていく。

 そこから、凄まじいラリーが始まった。

「パーンッ!」「トンッ!」「カンッ!」「タンッ!」

 高坂選手の、教科書のような、力強いドライブ。

 私の、機械のように、正確無比な、コースを突くドライブ。

 二つの、全く異なる性質のボールが、目にも留まらぬ速さで、卓球台の上を往復する。それは、まさに、「王道」と「異端」の、ラリーによる対話。

「すごい…」

 あかねさんの、感嘆の声が漏れる。

 未来さんは、何も言わない。だが、その瞳は、まるで、未知の数式が解かれていく過程を観察する研究者のように、鋭く、そして、どこか楽しげに、私たちのラリーを、一球、一球、分析していた。

(高坂選手のドライブ…その回転量、スピード、そして、安定性。これこそが、私が求めていた『王道』のデータ。私の、繋ぎのドライブは、確かに、彼女と互角に打ち合えている。だが…)

 ラリーが、20本を超えた、その時だった。

 私は、ほんのわずかに、ラケットの角度を変えた。そして、これまで使っていた赤い面ではなく、その裏側にある、光を吸収するような、黒いアンチラバーの面で、相手の強烈なドライブを、迎え撃った。

「カツンッ」

 それまでとは、全く異なる、乾いた、無機質な音が、体育館に響く。

 高坂選手のドライブの回転と威力が、私のラケットに触れた瞬間、完全に「無」へと還り、そのボールは、ふらふらと、しかし、低く、ネット際に、ぽとりと落ちた。

「…出たわね、それ!」

 高坂選手が、悔しそうな、しかし、どこか嬉しそうな声を上げる。

「やっぱり、面白いわ、あなたの卓球!」

 彼女は、そう言うと、さらに、その瞳の輝きを増した。

 私の「異端」は、彼女の「王道」を、さらに、燃え上がらせるための、最高の燃料となったようだ。

 私たちの、最初の「対話」は、これから、さらに、熱を帯びていく。

 そして、その熱は、体育館の隅で、重い沈黙の中にいる、あの二人にも、確かに、伝播していこうとしていた。 

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