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異端の白球使い  作者: R.D
特別練習編
267/674

あと一週間(3)

 昼休みの、あの悪意に満ちた囁き声。そして、顧問の佐藤先生への、私の、ある意味で、無茶な要求。

 それらが、現実の出来事だったのかどうか、少しだけ、曖昧な気持ちのまま、私は、その日の放課後、いつものように、未来さんと、ラリーの練習を始めていた。

「しおりさん、今のカット、軸が少しぶれていましたよ」

「…はい。体幹の維持に、まだ課題が残っています」

 未来さんとの練習は、常に、知的で、そして濃密だ。彼女とのラリーは、単なるボールの打ち合いではない。互いの思考を読み、戦術を分析し、そして、高め合うための、質の高い「対話」。この時間が、私の「異端」を、さらに鋭く、そして深く、研ぎ澄ませていく。

 その、私たちの、静かな「対話」を破るように、体育館の大きな扉が、ガラリと開いた。

「おーい、みんな、ちょっと集合!」

 顧問である、佐藤先生の声だった。彼の後ろには、見慣れない、二つの人影があった。

 練習をしていた部員たちが、一斉に、その人影に視線を向ける。

 一人は、山吹中学の、鮮やかな黄色のジャージ。もう一人は、城南中学の、深い青色のジャージ。

 その二つの姿を認めた瞬間、私の隣で、未来さんの動きが、ぴたりと止まった。そして、体育館の反対側で、後輩の指導をしていた部長は、その場で、まるで時間が止まったかのように、完全に動きを止めた。その表情が、一瞬で、硬直したのが、私には分かった。

「えっ、あの人たちって…」

「山吹の、高坂さんと…城南の、後藤さん…?」

 他の部員たちが、ざわざわと、信じられないといった様子で、囁き合っている。

(…佐藤先生…)

 私は、内心で、あの、人の良さそうな、しかし、全く侮れない顧問の顔を思い浮かべていた。

(昨日の、今日で、この二人を、本当に、ここに呼んだというのか…。そのフットワークの軽さ、私の思考ルーチンを、遥かに超えている…)

 私は、その、あまりの行動力に、脱帽するしかなかった。

 山吹中学のジャージの少女――高坂まどか選手が、快活な声で、こちらに手を振りながら、歩み寄ってくる。その笑顔は、純粋に、この練習を楽しみにしていた、という、カラリとしたものだ。

「やあ、静寂さん!未来さんも!佐藤先生から、面白い練習ができるって聞いて、飛んできたわよ!」

 しかし、その隣に立つ、城南中学のジャージの少年――後藤 護選手。

 彼は、高坂選手とは対照的に、どこか、気まずそうに、そして、痛ましそうに、僅かに表情を歪ませている。彼の視線は、部長の顔を、真っ直ぐに見ることができないでいるようだった。

 私は、そんな彼らに、代表として、静かに、頭を下げた。

「…お二人とも、今日は、私たちのために、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね!」と、高坂選手が笑う。

 後藤選手も、私のその言葉に、小さく、しかし、確かに、頷き返した。

「…よろしく、お願いします」

 その声は、硬く、そして、どこか、遠い場所から聞こえてくるようだった。

 その、あまりにも気まずい空気を破るように、部長が、ゆっくりと、こちらへ歩いてきた。

 彼の歩みは、一歩、一歩が、まるで重い鉛を引きずるかのようだ。そして、彼は、後藤選手の前に、立った。

「…後藤。」

 部長の声が、静かな体育館に、低く、響く。

「…来てくれたんだな。」

「……練習の、申し込みだからな。断る理由はない。」

 後藤選手は、床を見つめたまま、そう、呟いた。

 二人の間に流れる、重く、そして、痛みを伴った、沈黙。

 その沈黙を、佐藤先生の、いつもと変わらない、穏やかな声が、断ち切った。

「おお、みんな、揃ったか!高坂さん、後藤くん、今日は、本当にありがとう!さあ、早速だが、練習を始めようか!」

 私の、そして、私たちの、ブロック大会へ向けた、特別な練習が、今、始まろうとしていた。

 それは、単なる技術の向上だけを目的としたものではない。

 過去と、現在と、そして、未来が、複雑に交差する、あまりにも、濃密な時間の、始まりだった。


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