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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
257/674

本当のダブルス(6)

 静寂・永瀬 0 - 2 高坂・松本


 ベンチから飛んでくる部長の「ここからだ!切り替えろ!」という声が、やけに遠くに聞こえる。

(…切り替える?違う。このままでは、同じことの繰り返しだ。相手の戦術は、私たちの『信頼』という連携を逆手に取った、高度なもの。ならば、こちらも、その連携の質を、さらに引き上げる必要がある)

(部長の言う『掛け算』。その変数を、私が、私のやり方で、操作する)

 私の思考ルーチンが、新たな戦術モデルを構築する。それは、部長の言う「信頼」と、私の「ロジック」を融合させた、新たなプラン。

 私は、ラケットを高く振りかぶった。大きなテイクバック。相手ペアは、また平凡な繋ぎのサーブが来ると予測しているかもしれない。あるいは、ロングサーブでの奇襲を。

 だが、私がそこから放ったのは、そのどちらでもない。

 インパクトの瞬間、手首の動きを完全に殺し、アンチラバーでボールを鋭く押し出す。

 放たれたのは、速く、低く、そしてナックル性のショートサーブ。レシーバーである松本選手のフォアサイド、ぎりぎりのコースへと、滑るように突き刺さった!

「…っ!」

 それは、もはや「繋ぎ」のサーブではない。相手に、まともなレシーブをさせることすら拒絶する、攻撃的なチャンスメイクのための一球。

 松本選手は、その予測不能なボールに、咄嗟にラケットを合わせるのが精一杯だ。彼女がなんとか返したボールは、回転もなく、力もなく、ふわりと、山なりに浮き上がった。

 3球目を打つのは、永瀬さん。

 そのボールは、先ほどまでの、相手の強烈なカウンターが乗ったボールとは、全く質が違う。威力も、回転もない、ただの、絶好のチャンスボール。

 彼女の瞳が、再び、あの炎を宿して、ギラリと光った。

「はあっ!」

 短い気合と共に、彼女は一歩踏み込み、そのボールを、一切の迷いなく、相手コートのオープンスペースへと叩き込んだ。

 静寂・永瀬 1 - 2 高坂・松本

「な…!?今のサーブ…」

 高坂選手の顔に、再び、困惑の色が浮かぶ。

 私の二本目のサーブ。

 同じ、大きなモーション。だが、今度は、そこから、強烈な下回転をかけた、見せ球のサーブ。

 松本選手は、先ほどのナックルサーブを警戒し、ラケット角度を合わせきれない。彼女のツッツキレシーブは、甘く、浮き上がった。

 3球目を打つのは、永瀬さん。

 彼女は、そのボールを、再び、容赦なく、スマッシュで打ち抜いた。

 静寂・永瀬 2 - 2 高坂・松本

(これが、現時点での最適解。私がナックルで相手の甘いレシーブを引き出し、攻撃の起点を作り出す。そして、その、絶対的なチャンスボールを、永瀬さんに処理させる。これこそが、最も効率的で、確実な『掛け算』だ)

 サーブ権が相手に移っても、この流れは変わらない。

 高坂選手が、私に厳しいサーブを打ってくる。私は、それを、アンチラバーで、相手が絶対に強打できない、いやらしいナックルのレシーブで返す。

 相手が、そのボールを苦し紛れに繋いでくる。

 そして、その甘くなったボールを、永瀬さんが、仕留める。

 私が、その異質さで、相手の戦術の前提を、根底から破壊していく。

 私が作る、完璧なチャンスボール。

 そして、そのボールを、永瀬さんが、絶対的な信頼を持って、叩き込む。


 静寂・永瀬 5 - 2 高坂・松本


「くっ…!どうなってるのよ、これ…!」

 相川先輩…いや、高坂選手の、焦りの声が聞こえる。そうだ。あなたたちには、理解できないだろう。

 これは、友情や信頼といった、非合理的な精神論に基づいたチームプレー、それをさらに昇華させたものだ。

 ベンチで、部長が、何かを言いたそうに、しかし、何も言えずに、ただ、この異様な光景を見つめているのが、視界の端に映った。

 それでいい。あなたの「実験」は、私が、さらに上の次元へと、アップデートしてあげますよ。

 私の「静寂な世界」に、僅かな温かさが静かに満ちていくのを感じていた。

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