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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
256/674

本当のダブルス(5)

 インターバルが明け、私たちは再びコートに立つ。第一セットを奪取したことで、私たちのベンチの空気は、試合前とは比べ物にならないほど前向きなものに変わっていた。永瀬さんの表情にも、まだ緊張の色は残るものの、確かな自信の光が宿っている。

「いいか!相手は必ず戦術を変えてくる!油断するなよ!」

 ベンチから、部長の檄が飛ぶ。

(戦術変更…。合理的だ。相手ペアは、私たちの『信頼の連携』という、新たな戦術パターンをインプットした。ならば、次はその連携そのものを破壊しにくるはず…)

 サーバーは、松本選手。レシーバーは、私だ。

 彼女が放ったのは、第一セットのような厳しいサーブではない。ごく普通の、少しだけ回転量の少ない、平凡なサーブだった。

 私の思考ルーチンが、即座に複数の攻撃パターンを提示する。だが、私は「実験」を継続する。部長の指示通り、永瀬さんを信じ、ラリーを作る。私は、その平凡なサーブを、安定したループドライブで、相手コート深くへと返球した。

 3球目。そのボールを、高坂選手が、待っていましたとばかりに、力強いドライブで打ち返してくる。コースは、永瀬さんのフォアサイド。絶好の、攻撃の的だ。

 だが、今の永瀬さんは、もう、ただの的ではない。

「はいっ!」

 力強い声と共に、彼女は一歩踏み込み、そのボールを、さらに強力なフォアハンドドライブで、クロスへと打ち返す!

 しかし、その瞬間、ネットの向こう側で、高坂選手のパートナーである松本選手が、ニヤリと、笑ったような気がした。

 松本選手は、永瀬さんの強烈なドライブコースを、完全に読んでいた。彼女は、そこに、まるで壁が出現したかのように、完璧なタイミングでブロックのラケットを合わせる。ボールは、永瀬さんのドライブの威力を利用され、信じられないほどの速さで、がら空きになった私たちのストレートコースを駆け抜けていった。


 静寂・永瀬 0 - 1 高坂・松本


「なっ…!?」

 永瀬さんが、息をのむ。彼女の会心の一撃が、いとも簡単に、そして完璧に、カウンターされたのだ。

 私の思考ルーチンが、今のラリーのデータを、高速で再分析する。

(…違う。相手の狙いは、永瀬さんではない。私の、レシーブだ。彼女たちは、私が『永瀬を信頼し、チャンスボールを作る』こと自体を、予測していた。そして、永瀬さんが強打する、その瞬間を、待ち構えていたのだ…)

 松本選手の二本目のサーブ。

 再び、私への、平凡なサーブ。

 私は、敢えて同じように、ループドライブで返球する。

 3球目、高坂選手が、ドライブで応戦。

 4.球目、永瀬さんが、先ほどのカウンターを警戒し、少しだけ威力を抑えたドライブを打つ。

 だが、相手は、それすらも読んでいた。永瀬さんの、ほんのわずかな迷いを、見逃さない。松本選手が、今度は角度をつけたブロックで、私たちの体勢を崩す。

 ラリーは、数回続いた。しかし、主導権は、常に、相手ペアが握っていた。そして、最後は、永瀬さんの焦りから生まれた、僅かなコントロールミスを、高坂選手が、容赦なくスマッシュで叩き込んだ。


 静寂・永瀬 0 - 2 高坂・松本


 永瀬さんの顔から、第一セットの終盤で見せた、あの自信の光が、急速に失われていくのが分かった。

 サーブ権が、こちらに移る。

 スコア0-2。サーバーは、先ほどまでレシーバーだった、私だ。

 ベンチから、部長の、焦りを抑えた、しかし力強い声が飛ぶ。

「しおり!永瀬!下を向くな!相手が上手かっただけだ!ここから、もう一度、自分たちの形を作るぞ!」

(…形。私たちの、新しい形。だが、それは、既に見破られている。このままでは、同じことの繰り返しだ…)

 私の思考ルーチンが、警鐘を鳴らす。

 部長の「実験」は、相手の、より高度な戦術の前に、早くも、その有効性を失おうとしていた。

 私は、ラケットを握りしめ、次の、私自身のサーブへと、意識を集中させた。

 この、あまりにも不利な状況を、どう、覆すか。

 私の頭脳が、再び、フル回転を始めていた。


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