表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
255/674

チームワーク

 静寂・永瀬 11 - 7 高坂・松本

 最後の一球が決まった瞬間、体育館の大きな歓声が、私たちの周りの空気を震わせた。

 永瀬さんは、ラケットを握りしめたまま、その場に立ち尽くし、信じられないといった表情で、スコアボードを見上げている。その瞳には、涙の膜が張り、しかし、その奥には、これまで見たことのない、力強く、そして誇らしげな光が灯っていた。

「よっしゃああああああっ!!!」

 ベンチから、部長の、地鳴りのような雄叫びが響き渡る。彼は、まるで自分のことのように、あるいはそれ以上に、この第一セットの勝利を喜んでいた。

 私たちは、ネットの向こうで悔しそうに顔を歪める高坂・松本ペアに一礼し、ベンチへと戻る。永瀬さんの足取りは、試合開始前の、あの怯えに満ちたものとは全く違う、確かな、そして軽いものだった。

「永瀬!見たか!あれがお前の力だ!」

 ベンチに戻るなり、部長が、興奮冷めやらぬといった様子で、永瀬さんの肩を力強く掴んだ。

「最後のサーブ、そしてあのラリー中のドライブ!最高だったぜ!お前は、やれるんだよ!」

「…はいっ!ありがとうございます!」

 永瀬さんは、汗と、そして喜びの涙でぐしゃぐしゃの顔で、しかし、これまでで一番大きな声で、そう答えた。

 そして、部長は、私に向き直った。その瞳は、熱く、そしてどこまでも真っ直ぐだ。

「そして、しおり!お前もだ!お前のあの、永瀬を信じて繋いだループドライブ、そして相手の攻撃を殺したブロック!あれがあったからこそ、永瀬が輝けたんだ!」

 彼は、私の肩に、その大きな手を置いた。

「あれこそが、本当の『最適解』だったろ?」

 その言葉は、インターバル前の、あの冷たい対立の中で、彼が私に問いかけた言葉と同じだった。だが、その響きは、全く異なって聞こえた。

 私の思考ルーチンが、この第一セットで得られた、膨大なデータを再分析する。

 私の「最短効率」のロジック。部長の「信頼」という非合理的な戦術。永瀬さんという「不安定」な変数。それらが複雑に絡み合った結果、導き出された「勝利」という事実。

(…彼の言う『掛け算』の理論。その有効性を示す、興味深いデータが収集できた。私のロジックだけでは、この結果には到達しなかった可能性が高い。永瀬さんの『覚醒』という、予測不能なパラメータの上昇が、全体のパフォーマンスを、私の予測以上に引き上げた…)

(そして、この感覚…。勝利という結果に対する、冷たい満足感ではない。もっと、温かく、そして複雑な、この感情の揺らぎは…一体、何と定義すべきなのか…)

 私は、部長のその問いかけに、すぐには答えられなかった。

 ただ、静かに、永瀬さんの、あの心からの笑顔と、部長の、この不器用だが真っ直ぐな熱意を、新たな、そして極めて重要な「変数」として、私の思考ルーチンに、深く、深く刻み込んでいた。

 やがて、私は、ゆっくりと顔を上げた。

「…部長。あなたの提唱した『掛け算』の理論。その有効性を示す、興味深いデータが収集できました。」

 私のその言葉に、部長は一瞬きょとんとしたが、すぐに、ニカッと、太陽のように笑った。

「第二セットも、この『実験』を継続し、さらなるデータを収集します。」

 それは、私の、最大限の、そして最も「私らしい」肯定の言葉だった。

「おう!任せとけ!」

 部長は、満足そうに、そして力強く頷いた。

「だが、油断するなよ!相手も、このまま黙っちゃいねえ!必ず何か対策してくるぞ!」

 彼の言葉に、私と、そして永-瀬さんは、二人で、同時に、力強く頷き返した。

 インターバル終了のブザーが鳴り響く。

 私たちの、この奇妙で、そしてどこか温かい「実験」は、まだ始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ