チームワーク
静寂・永瀬 11 - 7 高坂・松本
最後の一球が決まった瞬間、体育館の大きな歓声が、私たちの周りの空気を震わせた。
永瀬さんは、ラケットを握りしめたまま、その場に立ち尽くし、信じられないといった表情で、スコアボードを見上げている。その瞳には、涙の膜が張り、しかし、その奥には、これまで見たことのない、力強く、そして誇らしげな光が灯っていた。
「よっしゃああああああっ!!!」
ベンチから、部長の、地鳴りのような雄叫びが響き渡る。彼は、まるで自分のことのように、あるいはそれ以上に、この第一セットの勝利を喜んでいた。
私たちは、ネットの向こうで悔しそうに顔を歪める高坂・松本ペアに一礼し、ベンチへと戻る。永瀬さんの足取りは、試合開始前の、あの怯えに満ちたものとは全く違う、確かな、そして軽いものだった。
「永瀬!見たか!あれがお前の力だ!」
ベンチに戻るなり、部長が、興奮冷めやらぬといった様子で、永瀬さんの肩を力強く掴んだ。
「最後のサーブ、そしてあのラリー中のドライブ!最高だったぜ!お前は、やれるんだよ!」
「…はいっ!ありがとうございます!」
永瀬さんは、汗と、そして喜びの涙でぐしゃぐしゃの顔で、しかし、これまでで一番大きな声で、そう答えた。
そして、部長は、私に向き直った。その瞳は、熱く、そしてどこまでも真っ直ぐだ。
「そして、しおり!お前もだ!お前のあの、永瀬を信じて繋いだループドライブ、そして相手の攻撃を殺したブロック!あれがあったからこそ、永瀬が輝けたんだ!」
彼は、私の肩に、その大きな手を置いた。
「あれこそが、本当の『最適解』だったろ?」
その言葉は、インターバル前の、あの冷たい対立の中で、彼が私に問いかけた言葉と同じだった。だが、その響きは、全く異なって聞こえた。
私の思考ルーチンが、この第一セットで得られた、膨大なデータを再分析する。
私の「最短効率」のロジック。部長の「信頼」という非合理的な戦術。永瀬さんという「不安定」な変数。それらが複雑に絡み合った結果、導き出された「勝利」という事実。
(…彼の言う『掛け算』の理論。その有効性を示す、興味深いデータが収集できた。私のロジックだけでは、この結果には到達しなかった可能性が高い。永瀬さんの『覚醒』という、予測不能なパラメータの上昇が、全体のパフォーマンスを、私の予測以上に引き上げた…)
(そして、この感覚…。勝利という結果に対する、冷たい満足感ではない。もっと、温かく、そして複雑な、この感情の揺らぎは…一体、何と定義すべきなのか…)
私は、部長のその問いかけに、すぐには答えられなかった。
ただ、静かに、永瀬さんの、あの心からの笑顔と、部長の、この不器用だが真っ直ぐな熱意を、新たな、そして極めて重要な「変数」として、私の思考ルーチンに、深く、深く刻み込んでいた。
やがて、私は、ゆっくりと顔を上げた。
「…部長。あなたの提唱した『掛け算』の理論。その有効性を示す、興味深いデータが収集できました。」
私のその言葉に、部長は一瞬きょとんとしたが、すぐに、ニカッと、太陽のように笑った。
「第二セットも、この『実験』を継続し、さらなるデータを収集します。」
それは、私の、最大限の、そして最も「私らしい」肯定の言葉だった。
「おう!任せとけ!」
部長は、満足そうに、そして力強く頷いた。
「だが、油断するなよ!相手も、このまま黙っちゃいねえ!必ず何か対策してくるぞ!」
彼の言葉に、私と、そして永-瀬さんは、二人で、同時に、力強く頷き返した。
インターバル終了のブザーが鳴り響く。
私たちの、この奇妙で、そしてどこか温かい「実験」は、まだ始まったばかりだった。