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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
254/674

本当のダブルス(4)

 静寂・永瀬 9 - 7 高坂・松本

 セットの終盤、9-7。私たちのリード。そして、この試合を決定付ける、重要なサーブ権が、永瀬さんに回ってきた。

 体育館の空気が、再び張り詰める。永瀬さんの背中に、ベンチの部長と、コートの後方に立つ私の、二つの異なる、しかし確かな「信頼」の視線が注がれる。

「永瀬!ここが勝負どころだ!思いっきりいけ!お前のサーブを信じろ!」

 ベンチから飛んでくる部長の力強い声。

 永瀬さんは、一度、大きく息を吸い込んだ。そして、これまでの試合で見せたことのないほど、落ち着いた、そして強い意志を宿した瞳で、相手コートを見据えた。

 彼女が放ったのは、ただのサーブではなかった。それは、彼女自身の「覚悟」の表明。

 体を鋭く使い、コンパクトなモーションから繰り出す、速く、そして低い、攻撃的なショートサーブ。高坂選手のバックサイドを、鋭くえぐる!

 高坂選手は、その質の高いサーブに対し、一瞬反応が遅れた。彼女は、なんとかそのボールをツッツキで返球するが、その返球は、回転もコースも甘い、絶好のチャンスボールとなった。

 そのボールは、3球目を打つべき、私の元へと飛んでくる。

(…来た。永瀬さんが、自らの意志で作り出した、完璧なチャンスボール…!)

 私の思考ルーチンが、即座に最適解を提示する。「裏ソフトでの強打。コースは相手ペアのミドルへと。

 だが、私は、その最適解を、敢えて選択しない。

 部長の「実験」を、そして、永瀬さんのこの「覚醒」を、私は、信じてみたくなったのだ。

 私は、その甘いボールに対し、スーパーアンチの面で、あえて、さらに打ちやすい、山なりのナックルボールとして、永瀬さんの正面へと、そっと「トス」を上げた。

「――永瀬さん!」

 私の、ベンチの部長の、そしておそらくは、観客席のあかねさんや未来さんの想いが、一つになる。

 永瀬さんは、その私の意図を、完璧に理解していた。

「はあああああああっ!」

 彼女の、魂の咆哮が、体育館に響き渡る。

 一歩、深く踏み込み、その身体を、まるで弓のように大きくしならせて、私のトスした、その絶好のチャンスボールを、渾身の力で、叩き潰した。

 ボールは、相手ペアのちょうど真ん中を、閃光のような軌道で撃ち抜いていった。

 静寂・永瀬 10 - 7 高坂・松本

 セットポイント。

 私たちの、この「実験」の成果が、今、結実しようとしていた。

 永瀬さんの二本目のサーブ。彼女は、もう迷わない。

 今度は、相手の意表を突く、速いロングサーブ!レシーバーの高坂選手は、完全に短いサーブを予測していたのだろう。反応が一歩遅れ、彼女のラケットに当たったボールは、力なくサイドラインを割っていった。

 静寂・永瀬 11 - 7 高坂・松本

 第一セットは、私たちが取った。

 永瀬さんが、私に向かって、これまでで一番の、誇らしげな笑顔を見せる。

 私は、その笑顔に対し、初めて、分析ではない、ただ、人間的な、ごく自然な、ほんのわずかな笑みを、返したのかもしれない。

 私たちの「実験」は、まだ始まったばかりだった。


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