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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
253/674

本当のダブルス(3)

 静寂・永瀬 3 - 2 高坂・松本

 私のサーブ。レシーバーは高坂選手。

 私は、先ほどのラリーの成功体験から、再び永瀬さんを信頼し、質の高い下回転ショートサーブを出す。部長の「実験」の継続だ。

 高坂選手は、それをループドライブで返球。ここから、再び壮絶なラリー戦が始まった。

 高坂選手の強烈なドライブが、永瀬さんを襲う。だが、今の彼女は、もう第一セットの時のように怯えてはいない。

「はいっ!」

 力強い声と共に、彼女はコンパクトなブロックで、的確にボールを相手コートに返す。部長の「思いっきりやれ!」という言葉が、彼女の中で確かな力となっているのだ。

 私がアンチラバーで変化をつけ、相手の体勢を崩す。甘くなったボールを、永瀬さんが叩く。その、ちぐはぐなようで、しかし確実に機能し始めた私たちの連携に、高坂・松本ペアは明らかに戸惑いを見せ始めていた。

 スコアは、4-2、4-3、5-3と、一進一退の攻防が続く。

 サーブ権が相手に移っても、流れは変わらない。

 高坂選手たちの質の高いサーブに対し、私が、あるいは永瀬さんが、部長の指示通りに、まずは安全に、しかしコースを厳しく突いて返球する。そして、ラリーの中で、私が「壁」となって相手の強打を凌ぎ、永瀬さんが「剣」となって、僅かな隙を突いて攻撃する。

「よし、それでいい!二人とも、足、動いてるぞ!」

 ベンチから、部長の檄が飛ぶ。

(…部長の「実験」。非効率的だと切り捨てた、この戦術。だが、現時点でのポイント取得率は、私の「最短効率」の戦術を上回っている。なぜだ?永瀬さんという不安定な変数が、部長の「信頼」という、さらに不確定なパラメータによって、安定しているというのか…?理解不能だ。だが、このデータは、記録する価値がある…)

 私の思考ルーチンが、この予測不能な現象の解析に、新たなリソースを割り当て始める。

 スコアは、6-4、6-5、7-5、7-6、そして、ついに7-7の同点。

 一進一退の攻防。どちらも一歩も譲らない。体育館の誰もが、このハイレベルなダブルスの試合に、息をのんでいる。


 静寂・永瀬 7 - 7 高坂・松本

 体育館の空気が、まるで圧縮されたかのように重い。7-7。この第一セットの、そして試合全体の流れを左右する、極めて重要な局面。

 サーブ権は、山吹中学、高坂選手へ。彼女は、静かに、そして深く息を吸い込み、その瞳に絶対的な集中力を宿らせて、構える。

「永瀬、引くな!強気でいけ!しおり、しっかりカバーだ!」

 ベンチの部長の声が、私たちの背中を押す。

 高坂選手が放ったサーブは、これまでのどのサーブよりも鋭く、そして回転も複雑だった。永瀬さんのフォアサイド、ネット際に短く、そして強烈な横下回転がかかった、まさに彼女の技術の粋を集めたかのような一球。

 永瀬さんの体が、そのボールに、まるで弾かれたかのように反応する!彼女は、もう、恐怖に怯えてはいない。部長の言葉を、そして私の存在を、信じようとしている。

「…っ!」

 短い気合と共に、彼女は低い姿勢から、その厳しいサーブを、裏ソフトの面で、強引に、しかし確実に、クロス方向へとツッツキで返球した!

 3球目。そのボールを、高坂選手のパートナー、松本選手が、回り込んでドライブをかけてくる!

 4.球目を打つのは、私。私は、そのドライブに対し、ラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、コースを読んでいたかのように、完璧なタイミングでブロック。ボールは、回転を失い、相手コートの真ん中へと、いやらしく沈んでいく。

 5球目。高坂選手が、そのナックルボールを、驚異的な体幹で拾い上げ、ループドライブで繋いでくる。

 6球目を打つのは、永瀬さんだ!

 彼女は、その山なりのボールを、見逃さない。一歩踏み込み、フォアハンドで、相手ペアががら空きにした、ストレートコースへと、鋭いスマッシュを叩き込んだ!

 ボールは、白い閃光となって、コートを駆け抜ける。


 静寂・永瀬 8 - 7 高坂・松本


 セットの終盤、1ポイントリード。だが、息詰まるような緊張感は、少しも和らがない。サーバーは、再び高坂選手。これが、彼女のこのローテーションでの最後のサーブだ。

 レシーバーの位置には、永瀬さんが立っている。その背中からは、先ほどまでの怯えとは異なる、静かな、しかし確かな闘志が感じられた。

「永瀬!自信持っていけ!お前の後ろには、しおりがついてるぞ!」

 ベンチから飛んでくる部長の力強い声が、彼女の、そして私の心を後押しする。

 高坂選手は、この重要な一点をものにするため、一度、深く息を吸い込んだ。そして、放たれたのは、先ほどまでとは明らかに質の異なる、彼女の得意とする、強烈な横下回転をかけたショートサーブ。永瀬さんのフォアサイド、ネット際に低く、鋭くコントロールされた、まさに勝負どころの一球。

 永瀬さんは、そのサーブに対し、一歩、鋭く踏み込んだ。

(…このサーブの回転量。コース。私がもしレシーバーなら、アンチで…いや、今は違う。永瀬さんを、信じる…)

 私の思考が、初めて、自分の行動ではなく、パートナーの行動を、信頼という不確定なパラメータに基づいてシミュレートする。

 永瀬さんは、その厳しいサーブに対し、無理に攻撃的なレシーブは選択しない。部長の、そして私の意図を汲んだかのように、低い姿勢から、ラケット面を正確に合わせ、ボールの下を薄く捉える。回転に負けない、完璧なツッツキ。ボールは、低い弾道で、相手コートの真ん中深くへと、安全に、しかし厳しく返球された。

 3球目。そのボールを、高坂選手のパートナー、松本選手が、ドライブで攻撃してくる!ボールは、私のバックサイドを襲う!

 4球目を打つのは、私。私は、そのボールに対し、強引にカウンターを狙うことはしない。部長の「実験」を、そして、永瀬さんの粘りを、信じる。ラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、相手のドライブの威力を完全に殺し、そして、相手が最も予測しにくいであろう、高坂選手の足元へと、いやらしいナックル性のブロックを、静かに送り込んだ。

 5球目。高坂選手は、その予測不能なナックルに体勢を崩しながらも、さすがは県大会の強者。驚異的な体幹で、なんとかループドライブでボールを繋いでくる。しかし、その返球は、もはや威力もコースも甘く、ふわりと、永瀬さんのフォアサイドへと、絶好のチャンスボールとなって浮き上がった!

(…永瀬さん、あなたの、領域です…!)

「――はあああっ!」

 永瀬さんの、魂の叫びが、体育館に響き渡る。

 彼女は、私が作り出した、その完璧な「隙」を見逃さなかった。一歩、深く踏み込み、その身体を、まるで弓のように大きくしならせて、浮き上がったボールを、渾身の力で叩き潰した。

 ボールは、閃光となって、相手ペアのちょうど真ん中を、雷のような軌道で撃ち抜いていった。

 静寂・永瀬 9 - 7 高坂・松本

「よっしゃああああっ!見たか!今の連携!それこそがダブルスだ!」

 ベンチで、部長が、立ち上がって拳を突き上げ、今日一番の大きな声で叫んでいる。

 永瀬さんは、肩で大きく息をしながらも、その顔には、これまで見せたことのない、誇らしげな、そして心からの笑顔が浮かんでいた。そして、その視線が、私に向けられる。

 私は、彼女に、ほんのわずか、本当に、自分でも気づかないくらい、小さく、頷き返したのかもしれない。

 私の思考ルーチンが、この「非効率的」な勝利に対し、新たな、そして解析不能な「温かいデータ」を、記録し始めていた。

 サーブ権が、こちらに移る。

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