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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
243/674

不協和音

(やはり、信じられるのは、私自身の分析だけだ。他者という、制御不能な変数は、私の「静寂な世界」を、そして勝利を、ただ遠ざけるだけなのだから)

 私は、固く、固く、拳を握りしめた。

 この敗北の味を、そして、この胸に突き刺さった棘の痛みを、私は決して忘れない。

 そして、次こそは、私一人の、完璧なロジックだけで、勝利を掴み取ってみせる。

「…次、行くぞ」

 重い沈黙を破ったのは、部長だった。その声は、いつものような熱血さを失い、どこか疲弊した響きを持っている。彼は、コーチとして、そして主将として、無理やり自分を奮い立たせているのだ。

「リーグ戦は、まだ終わってねえ。気持ち、切り替えろ。次の対戦相手を、確認しに行くぞ」

 私たちは、無言で立ち上がり、次の試合の組み合わせが張り出された掲示板へと向かった。永瀬さんは、まるで魂の抜けた人形のように、私の後を、力なくついてくる。

 掲示板の前には、多くの選手たちが集まり、次の対戦相手を確認している。その喧騒の中、部長が、私たちのブロックの対戦表を指差した。

「…Bコート、第三試合。相手は…第二中学校のペアだ」

 その言葉に、私の思考ルーチンが、次の分析対象のデータ検索を開始する。そして、隣に立つ永瀬さんの呼吸が、ひゅ、と止まる音を、私の聴覚センサーは正確に捉えた。

 彼女の視線は、対戦表の一点に、釘付けになっている。

 第二中学校:相川 奈緒 / 池田 ことね

(池田…ことね…?なんでいるの…?体調不良で、来れないって…だから、私は一人で…え?嘘だったの?私と組むのが、嫌で…?)

 永瀬さんの内心の混乱が、その蒼白な顔色と、カタカタと震え始めた指先に、明確なデータとして現れる。

 彼女のトラウマを形成した、二つの名前。

 責任を転嫁してきた、元々のパートナー。

 そして、彼女に「迷惑だ」と罵声を浴びせた、先輩。

 その二人が、今、ペアを組んで、私たちの前に、敵として立ちはだかろうとしている。

(…永瀬さんの精神的パラメータ、急激に低下。対戦相手という新たな変数に対し、予測された以上の、致命的な脆弱性を示している。この状態で、正常なパフォーマンスが期待できる確率は…限りなくゼロに近い)

 私の分析は、冷徹な結論を弾き出す。

 この試合、勝利の可能性は、絶望的だ。

 そして、その原因は、やはり、この「不確定要素」にある。

 その時だった。

 私たちの背後から、わざとらしいほどに明るい、しかし明確な侮蔑を含んだ声がした。

「あら、永瀬さんじゃない。結局、出場できてるんじゃん」

 振り返ると、そこには、第二中学校のゼッケンをつけた、相川先輩と、池田ことねさんが立っていた。相川先輩は、私と、そして私の隣で金縛りにあったかのように固まっている永瀬さんを、見下すような、嘲笑うかのような笑みを浮かべている。池田さんは、少し気まずそうに、しかしどこか優越感を滲ませた表情で、視線を逸らしていた。

「ずいぶんと小さい子と組んで。小学生?」

 相川先輩のその言葉は、明確な侮蔑と悪意を含んで、私に突き刺さる。

「もしかして、その子に泣きついて、無理やり出させてもらったの?あなたがいると、チームの迷惑になるって、まだ分かってなかったんだ」

 その言葉は、永瀬さんの心の傷を、抉るように的確に狙った、あまりにも残酷な一撃だった。永瀬さんの顔から、完全に血の気が引いていく。その瞳は、もう何も映していないかのようだ。

「てめえら…何言ってやがる!」

 さすがの部長も、そのあまりにも卑劣な挑発に、怒りを露わにして一歩前に出た。

 しかし、私の思考は、別の方向へと向かっていた。

(…挑発。低レベルな精神攻撃。だが、それによって、永瀬さんという変数が、試合開始前に既に機能不全に陥っている。これでは、戦術も、分析も、意味をなさない)

 私の胸の奥底で、前回の敗北で生まれた、あの冷たい「棘」が、再び、そしてより鋭く、疼き始める。

(このペアを組んだこと自体が、私の計算における、最大のエラーだったのかもしれない…)

「――Bコート、第三試合、第五中学校、静寂・永瀬ペア、第二中学校、相川・池田ペア、お集まりください」

 審判の、無情なコールが響く。

 相川先輩と池田さんは、「せいぜい頑張ってね、私たちの足を引っ張らないように」とでも言いたげな、勝ち誇った笑みを浮かべて、コートへと向かっていった。

 部長が、何とか永瀬さんを励まそうとしている。だが、その言葉は、もう彼女の耳には届いていないだろう。

 私は、ただ、黙ってラケットを握りしめた。

 その瞳には、目の前の試合への闘志ではなく、この、あまりにも不確定要素の多い、理不尽な状況そのものに対する、冷たい、冷たい怒りの炎が宿っていた。


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