トーナメント表
あの部長との死闘から一夜明け、私の体にはまだ鉛のような疲労感が残っていた。
特に、普段使わない筋肉を酷使したせいか、全身がきしむように痛む。
しかし、それ以上に、昨日の試合で得た経験と、そして勝利という結果は、私の内面に静かな、しかし確かな手応えとして刻まれていた。
学校の昼休み。体育館の隅にある卓球部の部室前には、いつもより多くの部員たちが集まり、壁に張り出された一枚の紙を食い入るように見つめていた。
県大会個人戦の組み合わせトーナメント表だ。私も、その輪に加わり、自分の名前を探す。
「静寂 しおり」私の名前は、トーナメント表の比較的上の方に、シード選手として記載されていた。
市町村大会優勝という実績が評価されたのだろう。隣には、対戦相手となるであろう他校の選手たちの名前が並んでいる。未知の相手。私の思考は、無意識のうちに次の戦いへと向かおうとしていた。
「おーい、静寂!お前の初戦の相手、決まったみてえだな!」
背後から、あの聞き慣れた、しかし今日はどこか疲労の色も滲む声がした。部長だった。
彼もまた、トーナメント表を覗き込みに来たのだろう。
その手には、スポーツドリンクのボトルが握られている。
「…部長。あなたも、県大会に」
私は、彼の名前がトーナメント表の別の山に記載されているのを確認しながら、静かに言った。市町村大会では決勝で敗れたとはいえ、彼のあの実力ならば、県大会への出場は当然の結果だろう。
「ったりめえよ!あの程度の敗北で、この俺がくたばると思ってんのか!県大会でリベンジして、全国への切符は俺が掴み取る!」
彼は、ニカッと笑いながら拳を握りしめた。その瞳には、昨日の敗戦を引きずっている様子はなく、むしろ新たな目標への闘志が燃え盛っている。
彼のこの切り替えの早さと、底なしのポジティブさは、ある意味で脅威的だ。
「それより静寂、お前の初戦の相手…確か、去年の県ベスト8の選手じゃねえか?いきなり強敵だな」
部長が、私の対戦相手の名前を指差しながら言う。その表情には、心配と、そしてほんの少しの期待が混じっているように見えた。
「…情報はありませんが、問題ありません」
私は、淡々と答える。どんな相手であろうと、私のやることは変わらない。分析し、対応し、そして勝利する。
ただそれだけだ。
「はっはっは!そうこなくっちゃな!だが油断は禁物だぞ。県大会は、市町村大会とはレベルが違う。お前のそのイリュージョンブロックもシャドウドライブも、そう簡単には通用しねえかもしれねえからな!」
部長は、私たちが名付けた技の名前を口にしながら、アドバイスとも挑発とも取れる言葉を投げかけてくる。
そこに、マネージャーのあかねさんが、心配そうな顔で割って入ってきた。
「部長先輩も、しおりさんも、昨日の今日なんですから、あまり無理しないでくださいね!県大会までまだ時間はありますし…」
彼女の言葉には、私たち二人への純粋な気遣いが込められている。
「分かってるって、あかねちゃん!だが、こうして火がついちまったもんは仕方ねえだろ!」
部長は、三島さんの気遣いを豪快に笑い飛ばす。そして、再び私に向き直った。
「静寂。県大会、どっちが上まで行けるか、勝負と行こうじゃねえか!」
彼の大きな手が、私の肩を力強く叩いた。その熱が、私の制服越しに、じわりと伝わってくる。
…勝負。この人もまた、勝利に飢えている。
私は、彼の挑戦的な視線を受け止めながら、静かに頷いた。
県大会。新たな戦いの舞台が、すぐそこまで迫っている。
そして、この「部長」という存在もまた、私の卓球において、無視できない大きなファクターとなりつつあった。




