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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
239/674

老練なダブルス(3)

 ――ボールを、返せ。永瀬に、繋げ。


 私たちは、再び、あの静かなベテランペアが待つコートへと向かった。

 隣を歩く永瀬さんの顔からは、涙の跡は消えていない。だが、その瞳に宿る光は、第一セットが終わった時のような、絶望の暗さではなかった。それは、傷つき、迷いながらも、前を向こうとする、か細く、しかし、確かな意志の光だった。


 コートに立つ。相手ペアの視線が、私たちに注がれる。その視線には、勝利者の余裕と、ほんの少しの探るような色が混じっている。次のセット、私たちがどう出てくるのかを、値踏みしているのだ。


 静寂・永瀬 0-0 高橋・鈴木


 高橋選手は、まず様子見とばかりに、速いナックル性のロングサーブを永瀬さんのバックサイドへ送る。第一セットで何度も永瀬さんの体勢を崩した、有効なサーブだ。永瀬さんの肩が一瞬こわばる。だが、彼女は、部長の言葉を思い出したかのように、攻撃的なレシーブをぐっとこらえた。ラケットを短く持ち、コンパクトなブロックで、ボールを相手コートに、深く、安全に返球する。

 ただ、ラリーを始めるための一球。ボールは鈴木選手の元へ。彼女は、粒高ラバーを使い、揺れるボールで私のフォアサイドを突いてくる。私は言われた通り、ただ『壁』になることだけを考えた。アンチラバーの面を合わせ、攻撃も、小細工もせず、ただボールの威力を殺して相手コートに返す。5球目、高橋選手がその死んだボールを表ソフトで強打してくる。だが、私の返球は、彼女の予測よりもわずかに低かった。強打はネットにかかる。ラリーを制したのは、私たちだった。


 静寂・永瀬 1-0 高橋・鈴木


 高橋選手の二本目のサーブ。今度は、裏ソフトを使い、強い下回転をかけてきた。永瀬さんは、それをループドライブで持ち上げようとして、ミスをした第一セットの記憶が蘇る。だが、彼女は、今度も無理をしなかった。膝を深く使い、下回転を殺すように、ツッツキで短く返す。完璧なレシーブ。鈴木選手がその短いボールをフリックで払ってくる。私は、それをアンチラバーでブロック。ラリーが続く。そして、高橋選手のレシーブが、ほんの少しだけ、コースが甘くなった。

 ふわりと、コートの真ん中あたりに、チャンスボールとして上がっている。

 次の瞬間。「はあああああああっ!」隣で、永瀬さんが、獣のような咆哮を上げた。彼女は、それまで守りに徹していたのが嘘のように、一歩、台に踏み込み、その身体を大きくしならせて、浮き上がったボールを、渾身の力で叩き潰した。ボールは、相手ペアのちょうど真ん中を、雷のような軌道で撃ち抜いていった。


 静寂・永瀬 2-0 高橋・鈴木


 永瀬さんは、一度深く息を吸い、強い横回転のサーブを放った。鈴木選手は、それを粒高で、いやらしく、低く返してくる。私は、それを裏ソフトのドライブで持ち上げる。高橋選手が表ソフトでカウンターブロック。速いボールが、永瀬さんのミドルを襲う。永瀬さんは、それに臆することなく、ループドライブで応戦。ラリーは、緩急が織り交ざりながら展開されていく。そして、9球目。ボールが、わずかに台から出た。永瀬さんは、それを見逃さなかった。一歩下がり、身体全体を使ったドライブが、コートに突き刺さった。


 静寂・永瀬 3-0 高橋・鈴木


 永瀬さんの二本目のサーブ。今度は、下回転のショートサーブ。緩急をつけた、良いサーブだ。レシーバーの鈴木選手は、それをツッツキでレシーブする。3球目、私は、その下回転を、部長のアドバイス通り、時間を奪う山なりのループドライブで、深く、高橋選手のフォアサイドへ送った。高橋選手は、そのゆっくりとしたボールに、タイミングを合わせにくい。詰まった体勢から、なんとか返球する。5球目、永瀬さんの前に、絶好のチャンスボールが来た。迷いのないスマッシュ。私たちの新しい戦術パターンが、完璧に機能した瞬間だった。


 静寂・永瀬 4-0 高橋・鈴木


 サービス権は相手へ。サーバーは、先ほどレシーブしていた鈴木選手。鈴木選手は、掴みどころのない表情のまま、粒高で揺れるナックルサーブを放つ。私は、それをアンチラバーでプッシュ、高橋選手がそれをスマッシュ。4球目、永瀬さんがブロック、しかし、そのブロックは甘くチャンスボールになってしまう、鈴木選手が力をこめ、渾身のスマッシュを放つ。そのスマッシュは、私のブロックを弾き、相手の得点となってしまった。


 静寂・永瀬 4-1 高橋・鈴木


 鈴木選手の二本目のサーブ。同じく揺れるサーブを放つ。私は、それをレシーブエース狙いの、強いフリックで返球する。だが、鈴木選手は、完璧にそれを読んでいた。粒高で、私のフリックの威力を殺し、逆サイドへ流し込む。3球目、高橋選手が、がら空きになったコートへと、スマッシュを決めた。ベテランの読みが、私たちの攻撃を上回った。


 静寂・永瀬 4-2 高橋・鈴木


 サービス権は私たちへ。サーバーは私。レシーバーは、高橋選手だ。私は、テイクバックの大きなモーションから、超低空ナックルロングサーブを放った。高橋選手は、その常軌を逸した軌道に反応が遅れ、レシーブをミス。サービスエースをとなった。


 静寂・永瀬 5-2 高橋・鈴木


 私の二本目のサーブ。同じモーションから、今度は下回転のショートサーブ。高橋選手は、完全にナックルを警戒しており、ツッツキが浮き上がる。3球目、永瀬さんが、その浮き球を、見逃さずに叩き込んだ。偽装モーションからの戦術が、成功した。


 静寂・永瀬 6-2 高橋・鈴木


 サービス権は相手へ。サーバーは高橋選手。ラリーは、再び私たちのペースになった。私が壁となり、永瀬さんが決める。しかし、高橋選手の厳しいコース取りに、永瀬さんのスマッシュがわずかにサイドを割る。


 静寂・永瀬 6-3 高橋・鈴木


 高橋選手の二本目のサーブ。今度は、永瀬さんのチキータを、鈴木選手が完璧なブロックで待ち構えていた。そこから、相手のペースでラリーが進み、ポイントを失う。相手ペアが、私たちの戦術に、対応し始めていた。//


 静寂・永瀬 6-4 高橋・鈴木


 サービス権は私たちへ。長いラリーの応酬。私が拾い、永瀬さんが打ち、相手が凌ぐ。20回近く続いたラリー。肺が焼き切れそうに熱く、汗で滑るラケットを何度も握り直す。だが、足は止まらない。永瀬さんも、必死に食らいついている。そして、ついに、永瀬さんのドライブが、鈴木選手のブロックを打ち破った。体育館から、どよめきが起こる。


 静寂・永瀬 7-4 高橋・鈴木


 永瀬さんの二本目のサーブ。今度は、鈴木選手が、レシーブから、粒高でいやらしい攻撃を仕掛けてきた。その変化に、私が対応できず、ミス。


静寂・永瀬 7-5 高橋・鈴木


 そこからの数ポイントは、まるで激しい波がぶつかり合うような、一進一退の攻防だった。鈴木選手のサーブが、私の予測をわずかに外れる。レシーブが甘くなったところを、高橋選手がすかさず強打。永瀬さんが必死に食らいつくが、相手の連携が上回り、ポイントを失う。

(…まずい。相手はもう、私たちの『壁と感覚』の戦術に対応し始めている。ただ返すだけではジリ貧になる…!)



 再び、鈴木選手のいやらしいサーブ。ラリーは、相手のペースで進む。高橋選手のスマッシュが、永瀬さんのいないコースを襲う。絶体絶命。だが、私が、ほとんど賭けのようなダイビングで、そのボールを拾い上げた。高く上がったチャンスボール。それを、体勢を立て直した永瀬さんが、感謝を込めるかのように、全力で叩き込んだ。

「静寂さん!」

 彼女の、悲鳴のような、しかし、力強い声が聞こえた。


 静寂・永瀬 7-7 高橋・鈴木


 サービス権は私たちへ。私のサーブから、ラリーは再び持久戦の様相を呈する。私が壁となり、相手の猛攻を凌ぐ。そして、ついに永瀬さんの『感覚』が反応した。彼女は、厳しいボールを、クロスに打ち抜く。完璧な一撃に見えた。だが、高橋選手は、そのコースを読んでいた。まるでそこに壁が出現したかのように、完璧なカウンターブロックを決められる。

(…永瀬さんの『感覚』すら、分析されている。このままでは、同じことの繰り返し…)


 静寂・永瀬 7-8 高橋・鈴木


 サーブに入る前、私は、永瀬さんと目を合わせた。言葉はない。だが、視線だけで、意思を疎通させる。

(――永瀬さん、次は、私が動きます)

(――わ、わかりました!)

 私の二本目のサーブ。テイクバックから下回転のロングサーブを敢えて、リスクを冒して攻撃に転じた。その意表を突く動きに、相手の陣形が一瞬乱れる。その、ほんのわずかな隙を、永瀬さんは見逃さなかった。ラリーの末、相手のミスを誘い、ついにスコアをタイに戻した。

静寂・永瀬 8-8 高橋・鈴木

 (…ここから、可能性はまだある)

 私は勝利へ前進する、例えなにを犠牲にしても。

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