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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
233/674

反省会?

 体育館の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。私たちは、会場の隅にあるベンチに腰を下ろし、ペットボトルの水を飲みながら、ささやかな反省会を開いていた。

「…それにしても、しおり、永瀬!とんでもねえ試合しやがって…!」

 部長が、興奮冷めやらぬといった様子で、自分の太ももをパンと叩いた。その熱量に、隣の永瀬さんが嬉しそうに微笑む。

「第二セットにおける大学生ペアの思考ルーチンは…」

 私が、いつも通り淡々と試合結果を分析しようとした、その時だった。

「あの…すみません!」

 声をかけられ振り向くと、そこには先ほど対戦した大学生ペアの二人が、少し気まずそうな、しかし真剣な表情で立っていた。永瀬さんの肩が、ビクッと跳ねる。

「…参りました。完敗です」

 田中選手が、深々と頭を下げた。

「それで…一つ、どうしても聞きたいことがあって…」彼は、おずおずと、その視線を私に向ける。

「間違っていたらすみません…。以前、噂で聞いたことがあるんです。中学の県大会で、まるで小学生みたいな見た目の一年生が、とんでもないプレーで優勝した、って…。もしかして、君が、その選手だったり…しますか?」

 その言葉に、体育館の隅の空気が一瞬、止まった。

 小学生。私のアイデンティティを根本から揺るがす、その単語。私の思考ルーチンが、論理的ではない、しかし明確な不快感という名のシグナルを発する。

 私は、今まで浮かべたことのない種類の表情――ほんの少しだけ口を尖らせ、眉間にわずかな皺を寄せた、心外だという感情を隠さない顔で彼を見返した。

「…私は小学生ではありません。中学一年生です」

 その、あまりにも人間味のある、拗ねたような私の返答に、大学生ペアも、隣の永瀬さんも、一瞬、虚を突かれたように目を丸くした。

 その絶妙な間を、この男が見逃すはずもなかった。部長が、ニヤリと口の端を吊り上げ、聞かれてもいないのに、まるで自分のことのように得意げに大声で割り込んできた。

「おう、よく知ってんな、兄ちゃん!その噂、合ってるぜ!こいつが、その県大会中学女子シングルス、優勝者の静寂しおりだ!まあ、見た目はこんなんだがな!」

 がはは、と部長が豪快に笑う。その、でしゃばりとも言える自慢話に、小学生と言われたことで生じていた私の不快感の矛先が、音を立てて部長へと転換された。

 私は、拗ねた表情を維持したまま、平坦な声で、しかし明確な意志を持って、大学生ペアに向かって追加の情報を提示した。

「そして、そこの人は、このオープン大会のレギュレーションを事前に調べもせずにここへ来て、ペアが組めずに試合に出られず、仕方なく私たちのコーチをしている間抜けです」

「ぶっ!?」

 部長が、飲んでいた水を吹き出しそうになって固まる。

 私の、あまりにも的確で、あまりにも容赦のない口撃に、体育館の隅の空気は、先ほどとは別の意味で完全に凍りついた。

 そして、その氷を打ち破ったのは、永瀬さんの絶叫だった。

「え……ええええええええっ!?」

 彼女の素っ頓狂な声が、体育館に響き渡る。

 永瀬さんは、信じられないといった様子で、私と、顔を真っ赤にして「なっ、おま、しおり…!」と狼狽する部長を、何度も何度も見比べている。その瞳には、驚愕と混乱が渦を巻いていた。

「し、しおりさんが…県のチャンピオン…?そして、あの威厳のあった部長が…間抜け…?」

 彼女の思考が、巨大すぎる情報のギャップによってショートしているのが見て取れた。

「な、なるほど…。県大会の優勝者…」

「そりゃ、勝てねえわけだ…」

 大学生ペアは、なぜかさらに深く納得したように頷き、改めて私たちに一礼すると、畏怖と若干の同情が入り混じったような不思議な表情で去っていった。

「てめっ、しおり!間抜けはねえだろ、間抜けは!」

「事実です。レギュレーションの確認は、あらゆる作戦行動における基本事項です」

「うぐっ…そ、それは、そうだが…!」

 歯ぎしりする部長を横目に、私はまだ少しだけ、小学生と言われたことを根に持っていた。隣で永瀬さんが、「あわ、あわわ…」と、未だに現実を受け止めきれずにいる。

 この即席チームの力関係が、ほんの少しだけ、明確になった瞬間だった。


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