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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
231/674

オープン戦ダブルス(5)

 第一セットは、私自身も予測していなかったほどのワンサイドゲームで終わった。ベンチに戻ると、部長が「おいおい、お前ら、とんでもねえペアだな…大学生相手に、ほとんど何もさせなかったじゃねえか…」と、呆れながらも興奮した様子で私たちを迎えた。

 私は、隣に座る永瀬さんを見る。その頬は紅潮し、呼吸は荒いが、瞳には、私が初めて会った時にはなかった、確かな「光」と、そして自分でも信じられないといった「困惑」が浮かんでいた。


(…わたしのせいで、負けなかった…。わたしがいても、迷惑じゃ…なかった…?)


 彼女の内心の声が、私には聞こえてくるようだった。私の「異端」が、彼女のトラウマという名の「悪夢」を、ほんの少しだけ、上書きしたのかもしれない。

「いいか、お前ら、よく聞け!」

 部長が、ペットボトルの水を飲みながら、私たちに声をかける。その表情は、興奮から一転し、コーチとしての真剣なものへと変わっていた。

「このオープン大会は、色んな年代の選手との交流がメインだ。だから、試合は三セットマッチの、二セット先取で決まる。つまり、次のセットを取れば、お前らの勝ちだ。」

(二セット先取…なるほど。試合時間が短い分、序盤の主導権が勝敗に直結する。短期決戦に特化した戦術構築が必要だ)

 私の思考ルーチンが、新たなレギュレーションに対応するため、戦術モデルの再計算を開始する。

「それと、しおり」部長は、私に向き直る。「さっきの試合、見てて分かった。相手の大学生ペア…あいつら、多分、お前みてえな質の高いナックルボールを、ほとんど打ったことがねえぞ。」

「…その可能性は、私も分析済みです。」私は、静かに頷く。「彼らのラケット角度の微調整の遅れ、そしてナックルに対する返球の回転不足。それらのデータは、彼らがナックルボールへの対応経験値が低いことを示唆しています。

 恐らく、男子大学生レベルの試合は回転と威力が重視される傾向があるので、アンチラバーは淘汰されていったのでしょう。」

「だろ?パワーやスピードはあるが、ああいう異質な球には慣れてねえんだ。次のセットも、そこを徹底的に突け。お前のアンチで変化させて、台上の勝負に持ち込む。そして、永瀬!」

 部長の視線が、永瀬さんへと移る。彼女は、ビクッと肩を震わせたが、それでも部長の顔をしっかりと見返している。

「お前は、しおりが作ったチャンスボールを、思い切って叩け!お前の台上技術は、中学レベルじゃ間違いなく高いレベルだ。ミスしたっていい!その責任は、全部俺が取ってやる!だから、思いっきりやれ!いいな!」

 部長のその、不器用だが力強い言葉に、永瀬さんの瞳が、ほんの少しだけ、強く輝いたように見えた。

「…永瀬さん」私は、部長の言葉を引き継ぐように、彼女に告げた。「あなたの役割は、私が作り出した『隙』を、確実に突くこと。それだけを、考えてください。あなたの攻撃が失敗した場合のリカバリープランは、全て私の思考ルーチンに組み込まれています。何も、心配する必要はありません。」

 私のその、あまりにも人間味のない、しかし絶対的な信頼を示すかのような言葉に、永瀬さんは、まだ戸惑いながらも、小さく、しかし確かに頷いたのだった。

 インターバル終了のブザーが鳴る。私たちは、再びコートへと向かう。

「いいか、お前ら!」部長が、コーチさながらに声をかける。「相手は、次のセット、必ず戦術を変えてくる。特に、お前のアンチラバーと、永瀬の台上の動きを徹底的に研究してくるはずだ。油断すんじゃねえぞ!」

「…はい。」「は、はい…!」

 私と永瀬さんは、それぞれ頷き、コートに立つ。


 彼らの構えが、第一セットとは明らかに異なっている。二人とも、台上の捌き合いを前提として、ややまえがかりになっているのが見て取れた。

(…第一セットのデータを元に、彼らは戦術を修正してきた。私のストップや、永瀬さんの台上技術を封じるため、早い段階で勝負を決めに来る、という思考パターンか。合理的だが、その予測すらも、私の「実験」の材料となる…)

 田中選手が放ったのは、質の高いバックスピン(下回転)のロングサーブ。第一セットの終盤では見せなかった、台から出る長いサーブだ。私を台から下げさせ、彼らの得意なパワープレーの土俵へと、強引に引きずり込もうという明確な意図。

 しかし、その選択は、あまりにも予測通りだった。

 私は、そのロングサーブに対し、後退しない。むしろ、一歩前に踏み込み、ボールがバウンドし、頂点に達するその瞬間を、待っていた。

 そして、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替え、ボールのやや上部を、ドライブともプッシュともつかない、独特のモーションでコンパクトに、しかし鋭く押し出すように捉えた!

 放たれたボールは、これまでの私のどの打球とも異なる、特異な軌道を描いた。相手のサーブの強烈な下回転エネルギーが、私のスーパーアンチのラバーに触れた瞬間、まるで霧散するかのように無効化され、そして全く異なる質のボールへと変換される。回転がほとんどかかっていない「ナックル」でありながら、ドライブのような低い弾道とスピードを併せ持つ、まさに「アンチラバーでのナックルドライブ」。

 私のその、相手の戦術を嘲笑うかのような完璧な二球目攻撃は、前がかりになっていた田中選手の反応を完全に置き去りにし、彼の横を、まるで白い閃光のように駆け抜けていった。

 静寂・永瀬ペア 1 - 0 大学生ペア

 大学生ペアは、何が起こったのか理解できないといった表情で、呆然と立ち尽くしている。

(あなたの予測は、常に私の過去のデータに基づいている。だが、私の「異端」は、常に深化し、あなたの予測の外側へと進化し続ける…)

 私は、静かに、そして冷徹に、次のポイントへの分析を開始していた。

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