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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
228/674

オープン戦ダブルス(2)

 1-0。私たちが、リードしている。

 さっきのポイントは、私がサーブを打った後、相手の強烈なドライブを、隣にいた静寂さんが、まるで魔法みたいに、ピタッとネット際に止めてくれたから。私の心臓は、まだバクバクと音を立てている。怖い。でも、それと同じくらい、驚きと、そしてほんの少しの…安堵があった。

(この人となら…もしかしたら、私は…少しだけ「迷惑」にならないで、いられるのかもしれない…)

 私は、もう一度、深呼吸をして、サーブの構えに入る。




 永瀬さんのサーブ。先ほどと同じ、綺麗なフォームから繰り出される、鋭いバックスピン(下回転)がかかったショートサーブだ。

 相手の大学生ペアは、先ほどの私の「デッドストップ」を強烈に警戒しているのが、その構えから読み取れる。彼らの思考は、今、「ネット際の処理」という一点に集中しているはずだ。

(…予測通り。彼らは、私が再びデッドストップを放ち、ネット際の攻防に持ち込むと想定している。その前提を、利用させてもらう…)

 大学生の一人が、永瀬さんのサーブに対し、再び強靭な体幹と長いリーチを活かし、力強いフォアハンドドライブを放ってきた。先ほどよりも、さらに回転をかけ、私のアンチラバーの効果を打ち破ろうという意図が見える。ボールは、唸りを上げて、私のバックサイド深くへと襲いかかってきた。

 相手がデッドストップを狙っているのは、明白。私のラケットの、スーパーアンチの面に、彼の視線が突き刺さる。

 私は、その視線すらも利用する。デッドストップを放つ時と全く同じモーションで、ボールの落下点に入る。しかし、インパクトの瞬間、私はラケット面を僅かに滑らせ、ボールの側面を薄く捉えた。それは、回転を殺すのではなく、相手の回転を利用し、さらに鋭いサイドスピン(横回転)を加えてネット際に落とす、という「マルチプル・ストップ戦略」、そしてアンチラバーの特性を生かした応用。

 完全に「死んだようなボール」が来ると予測していた相手は、その横方向への鋭い変化に、反応がコンマ数秒遅れた!彼が慌ててラケットを合わせるが、ボールはラケットの端に当たり、甘いチャンスボールとなって、ふわりと私たちのコートへと浮き上がる。

「はいっ!」

 私の隣で、永瀬さんが、これまでの彼女からは想像もできないほどの、鋭い声を上げた。彼女は、そのチャンスボールを見逃さず、一歩前に踏み込み、渾身のフォアハンドスマッシュを叩き込もうとする!

(…甘い。そのコースでは、決まらない…!)

 私の分析モデルが、瞬時に警告を発する。永瀬さんのスマッシュは、確かに威力がある。だが、コースが相手の待ち構える位置に、僅かに近い。

 案の定、相手の大学生は、そのスマッシュに対し、驚くほどの反応速度で体勢を立て直し、軽々とカウンタースマッシュを放ってきた!

 私はカウンターボールが来るであろう地点へと、身体を動かす。

 ボールは、永瀬さんのいない、コートのオープンスペースへと、矢のような速さで飛んでくる。

 私は、そのカウンタースマッシュを読み切っていた。

(その反応速度、そしてカウンターのコース。それら全て、私の計算の内だ…!)

 私の目の前に現れた、相手の渾身のカウンタースマッシュに対し、私はラケットを裏ソフトの面に持ち替え、コンパクトながらも全身の力を込めたスイングで、カウンターの、さらにカウンターを叩き込んだ!

 カァンッ!という、体育館に響き渡る甲高い打球音。

 私の放ったボールは、相手ペアの、全く反応できないコースへと突き刺さった。

 静寂しおり・永瀬ゆいペア 2 - 0 大学生ペア

「…す、すごい…」

 隣で、永瀬さんが、信じられないといった表情で私を見つめている。

 私は、彼女に視線を戻すことなく、ただ平坦な声で告げた。

「…ナイススマッシュです、永瀬さん。あなたのその積極的な攻撃が、今のポイントの起点となりました。

…次のサーブ、どんなサーブがくるか、いずれにせよ有効なデータが収集できます。」

 私のその言葉に、永瀬さんは、まだ戸惑いながらも、小さく、しかし確かに頷いたのだった。


 私と永瀬さんという、即席ペアが、格上の大学生ペアに対しリードしている。だが、私の分析モデルに、油断というパラメータは存在しない。彼らの実力は、まだ底が見えない。そして、私の隣に立つ永瀬さんの瞳には、先ほどのポイントへの驚きと、しかしそれ以上に、試合そのものへの、そしてダブルスという競技への、根深い恐怖がまだ色濃く残っている。

(…このリードは、あくまで私の「異端」が生み出した、一時的なアドバンテージに過ぎない。重要なのは、この流れをどう維持し、そして彼女…永瀬さんのトラウマという、最大の不安定要素を、いかに制御下に置くか、だ…)

サーブ権が相手に移る。サーバーは、先ほど私のデッドストップに反応が遅れた大学生――田中とゼッケンには書いてある。レシーバーは、私だ。

田中選手は、先ほどの失点を取り返すように、その体格を活かした、鋭いサーブを放ってきた。それは、大学生特有の、質が高く威力もある「巻き込みサーブ」。強烈な横回転と上回転が混じり合った、処理の難しいボールが、私のフォアサイドへと鋭く食い込んでくる。

(…このサーブの回転量とスピード。まともに打ち合えば、ラリー戦では体力も威力も、こちらが不利になるのは明白だ。ならば…)

私は、その戦いの土俵に、乗る必要はない。私は、瞬時にラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、ボールの回転を完全に無効化し、台上の、緻密な捌き合いへと戦局を移行させることを選択した。ボールがバウンドし、頂点に達するその瞬間、私はラケット面を合わせ、ボールの勢いを殺し、ナックル性の短いボールとして、相手コートのミドルへと返球した。

「チッ…!」

田中選手のパートナーである佐藤選手が、舌打ちするのが聞こえる。彼らの予測していたであろう、ドライブの応酬という展開を、私が拒絶したからだ。

彼は、私の返した回転のないボールに対し、強引に、ラケット面を深くえぐるようにして、強烈な下回転をかけたツッツキで返してきた。ナックルボールに対して、無理やり回転を生み出そうとしたその一打は、確かに鋭い。しかし、その強引さ故に、ボールの弾道は僅かに甘く、そして高く浮き上がった。

(…来た。チャンスボールだ)

そのボールは、私のパートナー、永瀬さんの前へと、まるで吸い込まれるように飛んでいく。

(…どうする、永瀬さん。あなたのトラウマが、この絶好の機会を、再び恐怖で塗りつぶすのか?それとも…)

私の視界の端で、永瀬さんの肩が、ほんのわずかに震えているのが見えた。だが、次の瞬間、彼女は、何かを振り払うかのように、小さく、しかし鋭く息を吸い込んだ。そして、一歩前に踏み込み、コンパクトなスイングから、その甘くなったボールを、弾くように鋭く叩いた!

それは、まだ彼女が本来持っていたであろう輝きには程遠いかもしれない。だが、そこには確かに、過去の悪夢を乗り越えようとする、彼女の僅かな意志が込められていた。

相手の田中選手は、その予期せぬ攻撃的な返球に、体勢を崩しながらも、懸命にラケットを合わせる。しかし、ボールは無情にもネットにかかり、力なく自陣のコートへと転がった。

静寂・永瀬ペア 3 - 0 大学生ペア

「…やった…」

隣で、永瀬さんが、信じられないといった様子で、小さく呟く。その手は、まだ微かに震えている。

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