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異端の白球使い  作者: R.D
ダブルス編
226/674

Episode 永瀬 予定外のダブルス

 10月の土曜日。私は、市が主催するというダブルスのオープン大会の会場の隅で、ただ一人、立ち尽くしていた。ペアを組むはずだった同じ部の友達が、急に体調を崩して来れなくなったのだ。先生には「一人でも、他の学校の試合を見て勉強してきなさい」と言われたけれど、周りの楽しそうなペアや、自信に満ち溢れた選手たちの姿を見ていると、胸が苦しくなって、今すぐにでもここから逃げ出したかった。

(やっぱり、私と組むなんて嫌だったんだ…私なんかとじゃ、勝てないもんね…。私がいると、迷惑だもんね…)

 頭の中で、あの日の記憶が蘇る。市町村大会の、あの試合。私のせいで、先輩たちの最後の大会が終わってしまった。私のせいで、みんなの努力が無駄になった。「お前がいると迷惑だ」という、あの言葉が、今も耳の奥にこびりついて離れない。

 どうしよう、早く帰りたい。でも、帰ったらまた先生に何か言われるかもしれない。怖い。何もかもが、怖い。

 その時だった。

「おい、そこのお前!どうした、一人で?相方にでもすっぽかされたか?」

 突然、大きな、そしてやたらと響く声が、私のすぐ近くで聞こえた。ビクリと肩を震わせて顔を上げると、そこには、まさに「熱血漢」という言葉が世界で一番似合うような、背の高い男の人が立っていた。その隣には、彼とは対照的に、驚くほど静かで、何を考えているのか全く分からない、深い紫色の瞳をした女の子が、じっと私を見つめている。

「あ…あの…すみません…。パートナーが、急に来れなくなってしまって…」

 私の声は、自分でも情けないと思うくらい、か細く震えていた。

「なんだ、そうだったのか!そりゃあ災難だったな!」

 男の人は、あっけらかんとそう言うと、次の瞬間、何かを閃いたように、ポン、と手を打った。

「待てよ…?お前、パートナーがいなくて困ってる女子だろ?で、こっちには、俺と組めなくてパートナーがいねえ女子がいる…。おい、しおり!」

 熱血漢の人は、隣にいた静かな女の子の方を向き、ニカッと笑う。

「お前ら二人で組んで、女子ダブルスに出りゃあいいじゃねえか!」

 その言葉に、私の頭の中が真っ白になった。ダブルス…?私が?知らない人と?

「い、いえ、無理です!絶対に無理です!私、すごく下手で…絶対に、迷惑をかけてしまいますから…!」

 私は、ほとんど悲鳴のような声で、首を何度も横に振った。迷惑だけは、もうかけたくない。誰かの夢を、私のせいで壊したくない。もう、あんな思いはしたくない。

 その時、名前も分からない、あの寡黙なパートナー候補の女の子が、一歩前に進み出て、私の瞳を真っ直指に見つめた。責めるでもなく、馬鹿にするでもない、ただ、何かを分析するような、不思議な目だった。

「…永瀬さん、ですね。」彼女の声は、驚くほど平坦だった。「あなたの現在の状況における、大会への参加確率は0%です。私の参加確率も、同様に0%。ですが、私とあなたがペアを組むという選択肢を実行すれば、その確率は0ではなくなります。論理的に考えて、これが現時点で取り得る、最も合理的な選択です。」

(え…?確率…?データ…?この子、何を言っているんだろう…?怒ってるわけでも、呆れてるわけでも…ない…?)

 彼女のあまりにも感情のない、まるで数学の公式を読み上げるかのような言葉に、私のパニックは、逆に少しだけ鎮められていくようだった。

「はい。私は、パートナーを必要としています。あなたも、パートナーを必要としている。目的と需要は一致しています。あなたの言う『迷惑』というパラメータは、現時点では不確定要素であり、試合をしてみなければ、その数値を算出することはできません。よって、現段階でそれを理由に行動を決定するのは、非合理的です。共に、データを収集しませんか。」

 彼女は、そう言って、私に向かって、そっと手を差し出した。

(データを、収集…?)

 意味が分からない。でも、彼女の言葉には、不思議な説得力があった。「迷惑」という、私の心を縛り付ける感情的な言葉を、「不確定要素」という、ただのデータの一つとして扱っている。この人なら、私がミスをしても、感情的に私を責めたりはしないのかもしれない。ただ、それを「データ」として記録するだけなのかもしれない。

(なんか、変なことになってきたな…)

 私は、戸惑いながらも、目の前の女の子の手を見つめた。

(名前も分からない、何を考えているか分からない寡黙なパートナーと、熱血漢っていう言葉が世界で一番似合うような人と、一緒にやることになるなんて…)

 でも、確かに、このまま何もしなければ、私の今日は「0%」のままだ。

(…どうか、迷惑だけはかけませんように…)

 私は、心の中で何度もそう唱えながら、震える手で、おそるおそる、彼女の差し出した手に、自分の手を重ねた。

「…はい…。」

 そう答えるのが、精一杯だった。

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