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異端の白球使い  作者: R.D
二学期編
214/674

転入生

夏休みが明け、再び制服に袖を通す日々が始まった。私の「静寂な世界」を取り巻く空気は、県大会の頃とは異なり、悪意ある噂という名の「ノイズ」がまとわりついている。だが、今の私は、それを冷静に分析し、自身のパフォーマンスに影響を与えないよう処理するだけの、新たな「壁」を築きつつあった。あの日、市民体育館で風花さんと、そして後藤選手と過ごした時間は、私の心に、まだ名前もつけられない、しかし確かな変化の種を蒔いたのだから。

そんなある日の放課後、卓球部の部室の扉を開けると、そこには意外な人物の姿があった。

「…幽基さん?」

月影女学院のジャージではなく、第五中学校の制服に身を包んだ幽基未来さんが、少し緊張した面持ちで、しかしその瞳には確かな意志の光を宿らせて立っていたのだ。彼女の隣には、顧問の先生と、そしてどこか誇らしげな表情の部長がいる。

「お、しおり、来たか。紹介するぜ。今日からうちの部に転入してきた、幽基未来だ。まあ、お前らはもう知ってるか。」

部長が、ニカッと笑いながら言う。

未来さんは、私と目があうと、ふわりと、しかしどこか以前よりも自信に満ちた微笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

「静寂しおりさん。改めて、これからよろしくお願いします。この第五中学校で、あなたと共に卓球ができることを、心から嬉しく思っています。」

その声には、花火大会の夜に感じたような儚さはなく、むしろ新たな環境への期待と、そして私への、隠しきれないほどの敬意と親愛の情が込められているように感じられた。あかねさんも、隣で「未来ちゃん、ようこそ!」と太陽のような笑顔で彼女を迎えている。

(幽基未来の転入…これは、私の予測モデルには存在しなかった、極めて大きな変数だ。彼女の目的は?そして、これが今後の私の卓球、そしてチームにどのような影響を与えるのか…詳細な分析が必要だ…)

だが、私のその分析的な思考とは裏腹に、心のどこかで、この新たな「仲間」の出現に対し、ほんのわずかな、しかし確かな「温かさ」のようなものを感じている自分もいた。

部活が始まり、基本的な練習が一通り終わった後、私は部長の元へと向かった。

 …経緯は気になるが、いまは私の実験の方が優先度が高い。

「部長。少し、私の新しい『実験』にお付き合い願えませんか?」

私のその言葉に、部長は一瞬きょとんとしたが、すぐにニヤリと笑う。

「ほう、また何か変なこと思いついたのか、しおり。いいぜ、いくらでも実験台になってやるよ。」

彼のその快諾は、県大会決勝での私の「予測不能のサーブ」の記憶と、その後の市民体育館での出来事を経て、私の「異端」に対する彼の理解と信頼が、ある種、深化していることを示唆していた。

私は、ラケットを手に取り、サーブの構えに入る。

「県大会決勝の最終セットで見せた、あの『超低空ナックルロングサーブ』。あの後、自宅の練習場で、その再現性と精度向上のためのデータ収集と分析を繰り返しました。そして、ある程度のレベルまで『ものにした』と自己評価しています。」

私は、そこで一度言葉を切り、彼の反応を観察する。部長の瞳には、興味と、そして僅かな警戒の色が浮かんでいる。

「その『ものにした』というサーブを、あなたの全力のレシーブで検証したいのです。私の新たな『武器』となり得るか、あるいは、まだ実戦投入には時期尚早か…その判断のためのデータを。」

私がそう言うと、部長は「面白いじゃねえか!」と声を上げて笑った。「お前のあの、訳の分からんサーブが、さらに進化したってのか?よし、受けて立ってやるぜ!」

私がボールをトスしようとした、その時だった。

「あの…静寂さん。」

静かで、しかし確かな意志を込めた声が、体育館の隅から響いた。声の主は、練習の輪から少し離れた場所で、じっと私たちの様子を見つめていた、幽基未来さんだった。

彼女は、ゆっくりと私たちの方へ歩み寄ってくる。その手には、いつか見た、白いワンピースの時とは違う、真新しい第五中学校の練習着に包まれた、彼女自身のラケットが握られていた。

「もし…もし、ご迷惑でなければ、その『実験』…私も、参加させていただいても、よろしいでしょうか。」

未来さんの瞳は、真剣そのものだった。そこには、花火大会の夜に私に語った「あなたと対等に渡り合えるだけの力を身につけたい」という、彼女の強い決意が宿っている。そして、それ以上に、彼女の「異質」な卓球が、私の「異端」と触れ合うことへの、純粋な渇望のようなものが感じられた。

私は、彼女のその申し出を、冷静に分析する。

(幽基未来…彼女の変幻自在のカットは、私のこのサーブに対し、後藤選手の「王道」のドライブとは異なる種類の、そしてより予測困難なデータを提供してくれる可能性がある。そして何よりも、彼女自身のこの積極的な変化は、私の分析モデルにおいて、極めて興味深い変数だ…)

私は、部長の顔を一瞥する。彼は、驚いたような、しかしどこか面白がるような表情で、私と未来さんを交互に見ている。

そして、私は未来さんに向き直り、いつも通りの平坦な声で、しかしその奥にほんの少しだけ、新たな「実験」への期待を込めて、こう告げた。

「…承知しました、幽基さん。あなたのその『参加』は、私のデータ収集において、非常に有益な変数となるでしょう。では、まず、あなたが私のこのサーブを、どう『分析』し、どう『対応』するか…見せていただけますか。」

私のその言葉に、未来さんの顔が、ぱあっと輝いた。それは、花火大会の夜に見せた、あの儚げな微笑みとは違う、もっと力強く、そして喜びと挑戦心に満ちた、新たな「光」を宿した笑顔だった。

私が最初に放つのは、あの県大会決勝で見せた、下回転をかけるかのような大きなテイクバックから繰り出されるサーブ。そこから、ナックル、下回転、そして横下回転を、同じモーションで打ち分ける。未来さんの、あの「全てを見透かす」かのような瞳が、私のその「予測不能のサーブ」を、今、捉えようとしていた。

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