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異端の白球使い  作者: R.D
二学期編
213/674

新学期

 長かったようで、しかしあっという間に過ぎ去った夏休み。ブロック大会と全国大会が秋から冬へとずれたことで、私たちは予想外の「日常」という名の猶予期間を得た。市民体育館での後藤選手との「実験」、そして風花さんのあの僅かな「一歩」。未来さんとの花火大会。あかねさんと巡った、私にとっては未知の変数に満ちた「女の子らしい遊び」の数々。それらが、私の「静寂な世界」にどのような影響を与えたのか、その分析はまだ完了していない。

 夏休みが明け、再び制服に袖を通す。これまで肌にまとわりついていた夏の熱気は鳴りを潜め、代わりに朝夕の空気に僅かな冷たさが混じり始めた。それでも日中はまだ汗ばむほどの陽気で、私たちの制服も、今日から夏服へと変わっていた。

 登校中、そして教室に入ってからも、私は周囲の生徒たちの視線や囁き声に、いつもとは異なる種類の「ノイズ」を感じ取っていた。それは、県大会で私が優勝したことに対する、単なる好奇や称賛だけではない。もっと、粘つくような、そして悪意のフィルターを通したかのような、不快な響き。

(…またか。予測可能な範囲の、低レベルな情報操作だ)

 私の思考ルーチンは、それらを「無視すべきノイズ」として処理しようとする。だが、以前とは何かが違う。かつての私なら、完全に感情を排し、ただの環境データとして処理できたはずのものが、今の私には、ほんの僅かな、しかし確かな「痛み」のようなものを伴って認識されるのだ。

(…これが、あかねさんが言っていた「悲しい」という感情に近いものなのか…?非合理的だ。だが、この胸の奥で微かに疼くこの感覚は、否定できない…)

 県大会での激闘、そしてその後の仲間たちとの関わりが、私の心の壁に、私自身も気づかないうちに、小さな亀裂を生じさせていたのかもしれない。

「しおり!おはよう!」

 教室に入ると、あかねさんがいつものように太陽のような笑顔で私に駆け寄ってきた。その笑顔が、今の私にとっては、何よりも心強い防壁のように感じられる。

「…おはようございます、あかねさん。」

「ねえ、聞いた?今日の朝礼で、しおりと部長先輩、県大会の表彰されるんだって!すごいよ、全校生徒の前だよ!」

 彼女は、自分のことのように興奮して話す。

(表彰…県大会優勝という結果に対する、公式な評価。それは、私の「異端」が、一定の合理性をもって受け入れられた証左の一つにはなるだろう。だが、それと同時に、新たな「ノイズ」を発生させる要因ともなり得る…)

 事実、教室のいくつかのグループからは、私とあかねさんに向けられる、嫉妬や嘲笑を含んだ視線が感じられた。「あの子でしょ、静寂しおりって」「なんか、卓球のやり方、変だよね」「勝つためなら何でもするって感じ」「性格悪そう」…そんな言葉の断片が、私の聴覚センサーにノイズとして記録される。

(…問題ありません。私のパフォーマンスに影響を与える変数としては、既に処理済みです)

 かつての私なら、そう思考を完結させていただろう。だが、今の私は、そのノイズに対し、ほんの少しだけ、胸の奥が冷たくなるような感覚を覚えていた。そして、その隣で、あかねさんが私の手をぎゅっと握りしめ、心配そうに、しかし力強い眼差しで私を見つめていることにも、気づいていた。

(…あかねさん…)

 彼女のその温かさが、私の心の氷壁を、また少しだけ溶かしていく。

 やがて、朝礼の時間がやってきた。全校生徒が体育館に整列し、校長先生の長い話が続く。私は、いつものように無表情で、しかし内心では、今日の練習メニューの最適化と、ブロック大会の対戦相手の初期分析をシミュレートしていた。

 そして、ついにその時が来た。

「――次に、先日行われました卓球県大会において、輝かしい成績を収めた生徒の表彰を行います。女子シングルス優勝、一年、静寂しおりさん。男子シングルス優勝、三年、赤木猛くん。前へ」

 体育館に、私たち二人の名前が響き渡る。周囲から、驚きと、称賛と、そしておそらくは嫉妬や好奇の視線が一斉に注がれるのを感じた。

 私は、静かに立ち上がり、部長の隣に並んで、全校生徒の前に進み出る。部長は、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに胸を張っている。その姿は、いつものように「熱」に満ち溢れていた。

(表彰…これが、私と部長が、この第五中学校にもたらした「結果」の一つの形。だが、これは終わりではない。始まりだ。私の「異端」と、彼の「王道」、そして私たちを支える仲間たちの「想い」。それらが、これからどのような「化学反応」を起こし、どこへ向かうのか…その分析は、まだ始まったばかりなのだから…)

 私は、校長先生から賞状と優勝カップを受け取りながら、その重みとは裏腹に、心のどこかで、新たな戦いへの、静かで、しかし確かな高揚感を感じていた。たとえ、その先に、どれほどの「ノイズ」と「悪意」が待ち受けていようとも。

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